第79話 吸血鬼の始祖
悪魔イビルアイを討伐後、上階から建物を破壊しながら現れた吸血鬼の始祖エルトリーデとの連戦。
風によって消えた蝋燭の火の変わりにクロエやマリアが光魔法で明かりを確保する。
光魔法で照らされてもなお、止まることなく此方に近付く彼女を観察する。
所々に綺麗で細かい金色の刺繍が施された白いドレスにこれまた細かい花の意匠が施され肘下までの長さの白いミドルグローブ。
赤く腰まで伸びたウェーブヘアに赤い瞳。
その綺麗な髪も上質な素材が使われていると思われる、品の良い服装も所々血が付着したのか赤く汚れてしまっている。
手には赤い槍を保持し。
先程まで虚ろげで焦点も定まっていなかった彼女の瞳は嘘かの様に真っ直ぐと此方を捉えている。
その足取りも覚束なかったものからしっかりとした足取りだ。
その姿から彼女が強いことが否応無く伝わってくる。
気品溢れる姿から服装も相まって何も知らなければ貴族の令嬢と思われてもおかしくないだろう。
この世界に貴族はまだ居なさそうだが。
見た感じは正気に戻った様に見て取れるが実際にはまだ暴走状態なのだろう。
もし正気に戻っていたなら一言声を掛けると思うし。
残念だが、交戦は避けられなさそうだ。
「取り敢えず吸血鬼の知ってる能力教えてくれ」
俺はルナ様特製の痛み止めを飲みつつ隣のシャルルに聞く。
痛み止めはクロエに先程ギュッと握り締められた事で手が痛くて堪らんから。
自分が悪いのも分かってるのでこの連戦が無ければ甘んじて受け入れるつもりだったけど流石にこの痛みを我慢しながらの戦闘は厳しい。
「私の知ってる情報は血を操る位かな」
吸血鬼と言うと俺の中でも血を操るイメージが強いから然程驚きはしない。
シャルルは言葉を続ける。
「問題はその血で様々な物を作れるって所かな、あの手に持ってる槍も恐らくだけど血で作られた物だよ」
「はへぇ……血で物を作るねぇ……でもそうなると血が足りなくなるんじゃね?」
エルトリーデの身の丈程の大きさの槍、エルトリーデ自体が身長が低めではあるがそれでもあの長さの槍を生成するのはかなりの血が必要だと思うんだけどそうなると血が足りなくなると思うんですよね、はい。
「それがね昇君、始祖は魔力を血に変換出来るから血が足りなくなる心配は無いんだよ」
そう思ってたらヴィシー様が後ろからそう告げた。
俺は頭を抱えたくなった。
魔力がある限り血が枯渇する事は無いということだ。
また血を用いた戦い方があの槍だけだとは思えないから警戒しないといけない。
「非常に面倒くさいです」
「あはは……」
そう言ったらヴィシー様は苦笑いを浮かべて優しく頭を撫でてくださった。
気を取り直してエルトリーデと向き合う。
正気に戻ってないと思うが彼女は槍を構えたまま律儀に此方を待っていた。
「取り敢えず無力化か」
「戦闘は僕達に任せて昇はアリシア様達と一緒に下がって」
シャルルの言葉は続かなかった。
変わりに金属の甲高い音が響いた。
先程まで待っていたエルトリーデが痺れを切らしたのか一直線に俺へと斬り掛かってきたのをシャルルが剣で受け止めたのだ。
「普通に私達無視して昇に斬り掛かってるけど何かしたの?」
「いや初対面だからな俺達」
「となるとやっぱり一番危険視されてるんだね〜何したの?」
「何もしてないんですよねぇこれが」
悪いが初対面であるエルトリーデに恨まれる覚えはない。
シャルルとの冗談もそこそこに俺はエルトリーデから離れる様に一歩下がる。
現在シャルルと鍔迫り合いをしていると言うのにエルトリーデの瞳は真っ直ぐ俺を射抜く。
「討伐されたイビルアイの恨みが一番強かった相手が昇なのかも知れないね。イビルアイの魔眼で暴走状態の始祖もそれが影響して昇を執拗に狙ってるとか」
アリシア様の考察。
イビルアイの影響でエルトリーデが暴走状態にあるというのなら辻褄が合う。
イビルアイが俺を恨んでいるというのも俺という存在によって自身の力を妨害された上で討伐にまで追いやられているのなら納得出来るし。
憶測の域を出ないけども。
「死んでもなお嫌がらせとか流石悪魔だな」
取り敢えず彼女を無力化した後に俺の血を飲ませるか。
ルナ様の傍に戻り再びシャル湯達へと視線を戻す。
幾度と繰り返されるシャルルとエルトリーデの打ち合い。
視線が釘付けになる事こそ無くなったがそれでもチラチラと此方を見るエルトリーデ。
エルトリーデと視線が合う。
その隙をシャルルが捉え、聖剣で胴体を薙ぎ払い泣き別れさせ━━━
「ちょっ?!シャルル?!」
「ごめんっ!そっち行くよ!!!」
一瞬シャルルが何を言っているか分からなかった、今胴体泣き別れにされたのにどうやってこっちに来るって言うんだ?
そう思うよりも早く、エルトリーデの身体は赤い血の霧となり霧散した。
そしてそれは幾重にも別れて俺の方へと向かってくる。
どうやらシャルルに斬られる寸前に胴体の一部のみを霧化して攻撃を避けてそのまま全身を霧化した様だ。
俺の目の前の空中にて霧散した霧が集まり人の姿へと変わっていく。
衣服よりも先に肉体の生成から始める為に裸体が露わとなり扇情的な姿が目に映る。
衣服を生成しながら振るわれる槍を屈むことで避ける。
傍に居たルナ様達は既に憑依しているので巻き添えを食らうことは無い。
空中で人の姿になったのが仇になったな、着地するまでの僅かな間身体の向きが固定されるだろう。
エルトリーデの背後に周り込みそのまま後退、駆け付けてくれたシャルルと入れ替わる。
エルトリーデの着地に合わせてシャルルが斬り掛かるも直ぐに振り向き槍で受け止められる。
かと思ったらそのまま槍を薙ぐ、それによってほんの少しだけシャルルの身体が横に動かされる。
動かされたけどシャルルの体勢を崩すまでには至らず、そのまま打ち合いが始まる。
そう思ったらエルトリーデが俺に左手を向けている事に気付いた。
シャルルが横にズレた事で俺とエルトリーデの間に障害物は無い。
「まさかっ」
シャルルの体勢を崩すのが目的ではなく無理矢理ずらして射線を確保するのが狙い━━━
瞬間、エルトリーデの手から無数の血の弾丸か放たれた。
「昇っ!!!」
シャルルの悲鳴の様な叫び声。
━━━━━不味いっ!
弾速が早くこれは避けれそうにない。
せめて頭を守ろうと腕をクロスして身構える。
だが何時まで経っても痛みが来ない。
「危なかったぁ」
背後からホッとしたようなルミの声。
腕を降ろし前を見れば其処には氷の盾が出来ていた。
「ありがとうルミ、助かった」
「どういたしまして」
「ルイナさんもありがとう」
「あら?気付いたのね」
ルミの作った氷の盾に重なるように氷の盾がある。
ルミのだけでも事足りたが万が一に備えルイナさんも氷の盾を作っていてくれた様だ。
足こそ不自由になったもののその能力までは衰えてはいない。
「お姉ちゃん、すっごく慌て━━」
「静かにしなさいルミ」
何かを言おうとしたルミの口を手で塞ぎつつ抱き寄せるルイナさん。
よってルミが何を言おうとしたかは分からない。
若干ルイナさんの顔が赤い気もするが今はエルトリーデに集中しよう。
シャルルやティガー達とやり合うエルトリーデはやはりと言うか隙あらば俺を攻撃しようとしている。
「悪魔による暴走なら血を与えれば多分収まるよな」
俺を執拗に狙うのも悪魔の影響によってそれを理解し危険視してるのかも知れんな。
そう考えていた時、エルトリーデに動きがあった。
ずっと俺を見ていた視線が別の誰かに向いた。
その視線の先はオリヴィアだ。
「エルトリーデ……もうやめましょう……」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
エルトリーデはオリヴィアの姿を目に映し、その声を聞いた瞬間今まで一度も上げなかった美しい声音で叫び声を上げた。
そしてシャルルを振り払いオリヴィアへと突っ込む。
「私が捕まったせいで酷い目に遭わされたのよね……憎いわよね……」
そう言ってオリヴィアは両腕を広げエルトリーデを受け入れようとする。
それを見たエルトリーデの目が見開かれたのを俺は確かに見た。
エルトリーデの口が開き、牙がオリヴィアに迫る。
オリヴィアの肌に牙が食い込む前に俺は2人の間に割り込む。
がぶっ!
「痛えぇぇぇ!!!」
エルトリーデの牙が俺の手へと刺さる。
庇うように手を出したのが悪かった、しかも切った左の手だから痛すぎる。
「何してるのよ!私はエルトリーデに殺されっ」
「馬鹿言ってんじゃねぇっ!そんな事をコイツが望むわけねぇだろ!!コイツが後で苦しむだけだぞ!」
「そんな訳ないっ!エルトリーデは私を殺したいのよっ!」
「納得できねぇならコイツが正気になってから2人で話せ!正気を失ってる今じゃ意味がねぇんだよ!!!」
「じゃあどうしてエルトリーデが私に狙いを変えたのよ?!私を殺したいんじゃ━━」
「そんなもん悪魔の嫌がらせに決まってんだろうが!!!」
親友を自らの手で始末させる。
悪魔が好みそうな嫌がらせだ。
暴れるエルトリーデを空いているもう片方の手で抱きしめ身体を拘束する。
噛み付いているのなら好都合、このまま血を吸って貰おう。
牙を立てた事で更に血が流れ、それがエルトリーデの中に入ったのだろう。
少しずつだがエルトリーデが血を吸い始めた、それに伴い暴れるのも収まりつつある。
このまま暴走が止まれば良いが。
ギュッと両手を俺の身体に回して抱きしめて血を吸うエルトリーデのその瞳に涙が見えた。




