第75話 古城内部
ルナ達は城門を開け夕暮れに染まる古城へと入って行く。
城内へ入ると直ぐにシャルルやフィアナ達が周囲を調べ安全を確保する。
今この場に月光昇は居ない。
つまり女神達が安全に隠れ、移動出来る術が無いということ。
それは女神達が悪魔側に捕獲される可能性があるという危険に常に晒される事となる。
女神達の捕獲はそのまま敗北へと繋がる。
勇者シャルルと聖女クロエへの力の供給が途絶えるからだ。
更に、此処には複数の女神が居る。
それらの女神から囚われ、力を奪われればそれはあっという間に悪魔側の削った戦力を回復させると同時に女神側の戦力の低下を招く。
そうなってしまえばこれまでの苦労も全て泡沫となって消える。
女神達の気配を抑えられる昇の血が混ぜ込まれた外套はあるが、それは憑依と違い完全に気配を遮断は出来ない、確実性に欠ける物だ。
故に皆、慎重になるのだ。
シャルルを先頭に鼻の効くフィアナ達獣人をアリシア達を囲む様に配置して進む。
城内は不気味な程に静まり返っており、シャルル達の歩く音が嫌に大きく響いて聞こえるよう感じる。
「……!」
「どうした」
何かに気付いたフィアナ、その様子に傍に居たラニが眉を顰める。
僅かなフィアナの変化に気付いたのだ。
「人の匂い、吸血鬼では無さそうね」
「吸血鬼と人の匂いに違いがあるのか?」
「端的に言えば無いわ、昇様には昇様の匂いがある様に人それぞれで匂いに微かに違いはあるし、リーゼロッテの様に竜種とかにはその種族特有の匂いとかもあるけれど人に近い吸血鬼には種族特有の匂いは無いわね」
一行は足を止め、周囲に気を付けながらもフィアナの説明に耳を傾ける。
その説明を聞くラニは首を傾げた。
「じゃあ何故吸血鬼と違うと分かるんだ?」
吸血鬼に種族特有の匂いが無いというのなら、匂いから吸血鬼なのか人なのか判別する事は不可能である。
だが今居るこの場所は吸血鬼達の根城、人よりも吸血鬼と出会う方が可能性は高い。
故にラニは何故吸血鬼じゃないとフィアナが言ったのか分からなかった。
「血の匂いがしないからよ、吸血鬼の多くは血を吸うことから血の匂いがする。だから血の匂いがしない相手は吸血鬼じゃない。まぁ確証はないけど」
吸血鬼から匂うはずの血の匂いがしない事からフィアナはそう判断した。
稀に血の匂いがしない者も居る為フィアナは絶対では無いと付け加える。
その言葉にラニも納得した様でそれ以降言葉を発する事は無かった。
先頭をフィアナに変わり一行は再び進む。
「この下からね」
辿り着いた先は螺旋階段の前。
匂いはその下からするとフィアナは言った。
「どうする?」
「匂いは以前1人だけ……死人の匂いじゃ無いから生きてるとは思うけど……」
「罠って可能性も捨てきれねぇぜ」
話し合うフィアナ達獣人。
「アリシア様」
「シャルルの思った様にしなさい、女神達はその行動による結果を責めたりしないから」
「はい……皆、行こう」
シャルルは匂いの下へ向かう事を即断即決した。
罠かもしれない、けれどそれ以上に助けを必要としてるかも知れない人をほっとけなかったのだ。
古い螺旋階段を降りて地下へと向かう。
「ここは…」
フィアナから声が漏れる。
降りた先、通路を挟んで古びた鉄格子の部屋が並ぶ。
地下牢だ。
「匂いはこの奥からね……」
今一度匂いを嗅いで場所を確認するとフィアナはゆっくりと進みはじめる。
通る全ての牢屋の中はもぬけの殻。
だがフィアナが匂いを辿った牢屋の中だけは違った。
貫頭衣を身に着け、足に鉄球、手と首から伸びる鎖で牢屋の壁に繋がれた者が1人。
薄汚れた藤色髪の少女が幽閉されていた。
「っ……!君!大丈夫!?」
「ぁ……ぁ?」
その姿を目に映したシャルルが近付いて呼び掛ける。
その声に反応して少女の身体がピクリと震え、掠れた声を出しながら顔を上げる。
垂れた前髪の隙間から覗く水浅葱色の瞳からは確かに怯えを感じさせる。
「直ぐに助けるからっ!」
抜剣、そして2度振るう。
剣を抜いた事で少女は更に身体を強張らせるが直ぐにでも助けなきゃいけないという使命感に似た感情に囚われ、急ぐシャルルはその事に気付かない。
アリシアの剣を振るい鉄格子を切り崩す。
斬られた鉄格子が地面に落下し甲高い音が響く。
入り口を確保したシャルルが少女へと駆け寄る。
「もう大丈夫……っ!?クロエ!」
怯え縮こまる少女に駆け寄ったシャルルはその身体を見て直ぐにクロエを呼ぶ。
少女の身体には傷が沢山あった。
捕まった際に酷く暴行を受けたのは想像に容易い。
呼ばれたクロエは直ぐに駆け寄り、その身体を見て即座に回復の奇跡を掛ける。
自身に掛けられる回復の奇跡、それにより痛みが消えていく事に気付き顔を上げる。
己を繋ぐ鎖を剣で斬っているシャルルと目が合う。
「君、名前は?」
「……オリヴィア」
優しく笑い掛けるシャルルに少女は自身の名を告げた。
その時だった。
「っ?!」
地面に現れる魔術の文様。
転移の魔術だ。
それに気付いた時には既に遅く、転移の魔術の光がその場の全員を包む。
「っ……?!オリヴィア!」
光が収まり視力が戻った時、オリヴィアの姿が無かった。
シャルルが周囲を見渡して直ぐ。
転移先はかなりの広さがあった。
「まさかこんな所まで勇者共が来てるなんてな」
男の声が響く。
そちらを向けばオリヴィアの首輪を掴み持ち上げている漆黒の羽根を持つ者が居た。
「イビルアイっ!」
その姿を見たミミティが忌々しそう声を発する。
「あ?誰かと思えば姿を真似るしか能が無い役立たずじゃないか、そんな所で何してる?」
ミミティを蔑むその言葉にシャルル達は殺気立つ。
それを見てイビルアイと呼ばれた悪魔が手を揺らす、揺れる拍子に首輪が肌に食い込みオリヴィアが呻く。
「全員動くな、動いたらコイツを殺す」
オリヴィアが人質に取られた。
「た……たすけ……ぇ」
泣きながら消えそうな声でそう懇願するオリヴィア。
しかしシャルル達は動けない。
動けば悪魔は容赦なくオリヴィアを殺すからだ。
「クソッ罠だったんだっ」
そしてオリヴィアを助けるだろう事を読まれ罠を仕掛けられていたと気付くシャルル達。
「コイツを助けて欲しければそうだな……おい役立たず、そこのルナとアリシアを連れてこっちに来い」
「っ!」
「良いわよ、ミミティ連れていきなさい」
「……そうだね、連れて行くと良いよ」
「ルナ!?それにアリシアも、正気?!」
「正気よ、そうしなきゃあの娘が殺されるでしょう」
「アリシアはともかくあんたが人間の子供を気に掛けるなんて……」
「此処で見捨てたらきっと昇に嫌われちゃうもの」
「おい!いつまで喋っている!このガキを殺されたいのか?!早くしろ!」
「っ……!」
指示に従いルナとアリシアの両手を縛りイビルアイへと近付くミミティ。
アリシアはともかく、ルナはオリヴィアの為に身を張るのは嫌ではある、だがそれで昇に嫌われるのはもっと嫌だ。
だがそれだけではない。
ルナはきっと昇が助けてくれると確信に近い感覚があった。
アリシアもルナのその感に気付き、悪魔に従って自身の身を危険に晒しているに過ぎない。
そしてそれは実現する。
━━━━━━パリン
何かが割れる音が室内に響く。
その音は悪魔の直ぐ後ろからした。
直ぐ目の前まで来たルナに手を伸ばした悪魔はその音に手を止め振り向く。
後ろには何も無かった筈、なんの音だと。
「あん?なん━━━━」
「ルナ様に触んなって言ってんだろうが」
瞬間、悪魔の顔に拳がめり込む。
突如現れた月光昇。
悪魔が振り向くよりも早く出現した昇は状況を瞬時に把握しオリヴィアの首輪を掴む悪魔の手を力強く握る事で首輪から手を離させ、落下するオリヴィアを片手で抱き上げつつ悪魔の顔に拳を叩き込んでそのまま殴り抜けた。
殴られた悪魔は吹っ飛び地面を数回転がった。
「良いタイミングね、昇」
「ただいま戻りました、ルナ様」
昇はオリヴィアを降ろし直ぐにミミティと共にルナとアリシアの拘束を解き悪魔と向き合う。
「君は後ろに隠れてて」
「ぁ……」
怯えるオリヴィアやルナを庇うように前に立つ。
「ぐぉお゛ぉ゛!」
「よう悪魔、これからお前を殺す」
殴られた頬を押さえ痛みに苦しむ悪魔に対して昇は声高らかに宣戦を布告した。




