第58話 深部へ
雪の里の地下に広がる空間。
その広場にて消える氷の戦士達。
俺の足元には先程まで戦っていた女性の残骸とも言える粉々となった氷の山がある。
ルミはその氷の山の前に膝を付いて震える両手でその氷を掬う。
「あ……あぁ……」
掬った端から両手を擦り抜ける細氷。
「お母ぁ……様……」
弱々しく呟かれる声。
掬う度に、そして時間が経つにつれて彼女の母親だったものは散っていく。
「お母ぁ様……」
返事はない。
既に彼女の、ルミの母親は息絶えているのだ。
返事がある筈もない。
余りにも痛々しいルミの姿に皆目を背ける。
けれど、俺だけはその姿を目に焼き付けなければいけない。
ルミをこんな風にしたのは俺だ。
『違う』
目の前のこの凄惨な光景は、俺がやったんだ。
『違う』
ルミの母親を殺したのは
俺だ
『違うっ!!!!!!!!!』
憑依しているアリシア様達の声が響く。
「違わない、過程がどうあれ、俺が殺した事に変わりは無い」
彼女の母親を殺したという事実は捻じ曲げられない、捻じ曲げてはならない。
これは俺が背負わなければならない罪なのだから。
「貴方だけの罪じゃない、これは貴方だけに戦わせてしまった私の罪でもある。だから、一緒に背負って生きましょう」
いつの間にか憑依を解いていたルナ様は俺を優しく抱きしめる。
「大丈夫……大丈夫よ……私は、貴方を恨まない」
背後からやって来た誰かにルナ様と同じく抱きしめられる。
声音からしてルミである事は分かる。
「……もう大丈夫、ごめんなさい。迷惑を掛けたわね」
「……すまない」
背後から抱きしめたまま話を続けるルミ。
「謝らないで、貴方がお母様達を止めてくれたのだから。感謝してる」
そう言ってルミが離れたのを感じ、振り向けばルミは微笑んでいた。
その瞳に涙を溜めて。
「貴方のせいじゃない、だから自分を責めないでね」
ルミは「それに」と言って手にある物を見せてくれた。
それは綺麗な指輪だった。
代々族長が受け継ぐ指輪だそうだ。
「お母様が遺してくれたの」
ルミはそれを大事に両手で包む。
「これからお母様を感じるんだ」
『……死に際に魂を観測してね、勝手ながらその一部を指輪に移させてもらったよ』
せめて少しでも長く一緒に居られるように。
そうアリシア様は仰られた。
死んだ者を蘇らせる事は出来ないがその魂の一部を何かに移す事は出来るようだ。
「お母様であってお母様ではない……けれど私にとっては確かにお母様なの……。ありがとう、女神アリシア」
俺達は後味の悪さを感じながら先へと進む。
「ミミティ、ルミの母親達をあんな風にした奴に心当たりはあるか?」
悪魔のフラムマにルミの母親達の様に姿を変化させる能力はない、フラムマは火を操るからだ。
『間違いなく変化の悪魔、ガムビチェインの仕業ね……』
「少なくとも悪魔が2体居るってことか」
新たに判明した悪魔。
雪の里の女性を攫ったのもそのガムビとか言う奴の能力の為だろう。
変化という能力、目の前に現れた氷の戦士。
恐らく肉体を無理矢理変化させるものだろう。
「これは……っ!」
「っ……ルミはこっちへ来て下さい」
通路の横に出来た洞穴、その中を見たシャルルとクロエ。
するとクロエがルミを手招きしてその洞穴から遠ざけた。
フィアナにラニ達を任せつつ俺はシャルルに続いて中を覗く。
暗い洞穴の中には無造作に地面に放置された少女達の姿だ。
それぞれが下半身だったり片腕だったりが溶けたように無くなっている事から既に亡くなっているだろう。
恐らくだが『変化』に耐えられず亡くなったのだろう、そして悪魔としてはもう必要無くなった『物』として見ている。
「駄目よっ!」
フィアナの声に振り向けば入り口にルミが立っていた。
「……みんなは……?」
「もう……亡くなってる」
「そっかぁ……」
顔を伏せるルミ。
「昇って言ったっけ……皆を弔って欲しいの」
「……分かった、だが今は先を急ぐ。必ず後で地上に連れて行くから」
「うん……」
彼女達もこんな薄暗い所に居るよりも慣れ住んだ里のある地上の方が良いだろうからか。
今は他の娘達と悪魔を探す。
ノルン様の未来視で道を進み続ける、そんな中で俺は俺達の進む道とは反対側の通路の角を何かが通ったように見えた。
「ノルン様」
『……居るわね……良いわ、問題無いから行ってきなさい』
「分かりました。アリシア様達はシャルル達と共に進んでください、俺は気になるものを見つけたからちょっと見てきます」
俺がそう言うとアリシア様達が憑依を解く。
「死なないでよ」
「ルナ様の命を預かってるんですから死にませんよ、直ぐに追い付きます」
俺はそのままシャルル達とは反対側の通路を駆ける。
憑依を解いたアリシア様達とは別にルナ様、ミミティ、ヴィシー様は憑依したまま。
俺の見立てが正しければこの先に居るのはルミの母親達をあんな風に変えた存在だ。
岩肌が剥き出しの通路、有難い事に道中に分かれ道や部屋の様な穴は存在せず一本道で迷うこと無く進める。
そんな風に駆ける事は数分。
細身の悪魔がそこに居た。




