72求婚再チャレンジ
まずは溜まっている洗濯物から始める。
久しぶりに並んで座って洗濯をする。
相変わらず、僕が右でロザリーは左。
「二カ月でこんなに家って荒れるんだね」
手を動かしながら、ちょっと嫌味が飛び出した。
掃除も洗濯も、ギリギリの最低限しかしていなかったようだ。
「うん、だから私は嫁にはなれないって。無理無理」
「え?さっき、いいって言ったじゃないか。それに、僕はメイドも料理人も執事も雇えるから、ロザリーは結婚しても家事はしなくていいと思うけど」
そもそも一人暮しをしたがらなければ、今だって家事をしなくても良かったはずなのに。ロザリーは貴族令嬢なんだよ?
「へ?あ、そっかぁ!」
「じゃあいいよね?」
家事が苦手だから嫁になれないとか、そんな理由で断られてたまるか。
「え?あぶなっ!いや、なんかそんな家事しなくていいからとかが理由で結婚、って頭悪すぎ!だったらカミーユじゃなくたって他の貴族のお宅でもそうなんじゃない?」
全く、こういう屁理屈はすぐに出てくるんだよね…。
「…じゃあ誰とだったら結婚するの?…例えばジョルジュ先輩とか…?」
「ほえ?先輩?んー?びっくりするくらいいい人だよね!確かに大事にしてくれそうかも!」
身近で、僕から見てもいい人で、僕と同じ伯爵の先輩の名前を思わず出してしまったら…ロザリーのなかで、先輩はどうやら『あり』らしい。
ダメだよ、ロザリーは僕のものにならないと。
口には出さないけど、機嫌の悪さが冷気となって辺りに漏れてしまった。
「ちょ、水冷たくしないでよ、私は、結婚しないつもりだったから、誰のこともそういう目で見たことないから急に言われてもねぇ」
僕がこれだけ熱心に求婚したのに、まだ駄目なの?
「だったら今すぐ、僕をそういう目で見ることにしてよ」
これは返事を貰うのも、長期戦を覚悟しないとダメなんだろうか。
僕は内心ため息をつきながら、もくもくと手を動かす。
洗濯物が入っていた籠に山盛りになっていたリネンや衣類が、あとわずかになって、もう洗うものはないかと考えたとき、自分の着ている服に思い至った。
「あ、そうだった。これ、浄化かかってたけど一応洗っておかない?」
着ていたシャツを脱いで、肌着を脱ぐ。
出発する日に着てから、ずっと着たままだった。
「…もしかして帰ってくるまで脱ぐなっていったのを今まで守ってたの?」
「え?そうだけど?」
受け取ったロザリーが広げて眺めているので、僕も改めて見て見ると、ほとんどの陣が光を失っていた。
「そういや防寒の陣には助けられたなあ…みんなが寒くて寝られなかったっていうときにも、僕は寝られたしね」
「少しでも役に立ったんなら良かったよ」
そういったロザリーの声が涙声になっていて、びっくりして顔を見ると、ぽろり、とまた涙をこぼしている。
「なに?なんで泣くの?」
「だって、辛かったんだろうなって。あれだけ念入りに刺した防刃の陣なんて一つも残ってない。それだけの攻撃を受けたってことでしょ」
「あーなんか自分の未熟さをさらけ出すようで恥ずかしい」
「だってダンジョンに潜るの初めてだったのに、超上級レベルダンジョンだったんだよ?本当に生きて帰ってきてくれたのが不思議なくらい…」
ん?もしかして、ロザリーはダンジョンの中でだけは蘇生術使えることを失念してる?
まあ、一回死んでることは黙っておいた方が良いかな。
それに、全滅してもおかしくなかった場面は確かにあったしね。
「うん、役割がはっきりしてたし、僕以外は一流の人達ばっかりだったからね。でもね、死ななかったのは、ロザリーのおかげ。どんなことがあっても絶対にロザリーのところに帰るんだって気持ちがあったし、背中の『無事に帰ってきて』の言葉がその気持ちをずっと後押ししてくれた。僕が愛を乞う前に、僕は君の愛に守られていたんだよ。ね、だから結婚して」
ダンジョンの中にいたとき、そこまではっきりと思っていた訳じゃない。
でも、こうして日常に戻って思い返せば、明らかだった。
「う…」
「う、じゃない、うん、でしょ」
「うん…」
「今度こそ、本当だよね?ロザリー?」
言質は取ったとばかりに確認をして、俯こうとするロザリーの顔を両手で挟んでこちらに向ける。
ロザリーは顔を赤くして、目を潤ませていた。
ああ!やっと同意が得られた!
これでロザリーは僕のものだ!!
僕は我慢できなくて、そのままロザリーにキスをした。
全然学習しないみたいで、あっという間に僕の舌の侵入を許してしまうので、蹂躙する。
上半身裸だった僕の肩や胸を、石鹸の泡のついた手で抗議するようにぺしぺしと叩いてくるけど、お構いなしに満足するまで舐めて吸ってやった。
やっぱりロザリーは甘くて、そして頭がくらくらするような酩酊感があって、そしてものすごく気持ちが高揚する。
離れ難かったけど、ここらで一度やめようかと離れたときには、ロザリーはまたふにゃふにゃになってもたれかかってきて。
「これ、なんか変になるから、やだ…」
可愛い顔でそんなことを言われて、冷静でいられる男がいるだろうか…。
がっちりと抱き込んで、身動きもできなくして、また夢中で口づけた。
本当に息が苦しそうだったので、仕方なく放してやると、涙目になってはあはあと肩で息をして、「やだって言ってるのに…」といいつつ、またよりかかってくる。
ああ。ダメだ、可愛すぎる。
ずっとこうして抱き合ってキスしていたいし、その先もしたい!
「つ…辛い…」
結婚までは手を出さない誓約をしてなかったら、このままベッドに連れて行きたいくらいだ。
「洗濯は私がしておくから、カミーユは休んだ方が良いんじゃない?疲れてるでしょ?夕べは寝られたの?」
…相変わらずロザリーはどこかズレてる。
この状況で、僕が疲れていて、辛いのかと思ったようだ。
「うん、夕べは寝られなかったんだ…」
思い切り嘘だ。
夕べは久しぶりにロザリーを抱き枕にして、ぐっすり寝ているけど、ここはロザリーに合わせておいてあげよう。
「じゃあほんとにここはいいから、ベッドに行きなよ」
「…ううん、洗濯終わらせてからにする」
ため息が出そうだ。ここは二人でベッドに行きたいところなんだけど。
「本当に大丈夫?」
「うん。…ね、今、僕と結婚してくれるって、はっきり承諾してくれたよね?」
心配してくれる気持ちは嬉しいんだけどね。
それより、相手はロザリーだから、言質をとったということを本人にも意識させておいた方がいいだろう。
「そ、そうかな?」
…やっぱりか。
「なんで疑問形?もう、僕泣くよ?」
「あーわかったってば。絶対にいい奥さんにはならないと思うけど。カミーユがどうしてもっていうなら…。あとで後悔しても知らないよ?そのときになって文句言わないでよね?」
「もちろん!文句なんて言わないよ!」
大丈夫!世の中の一般的な奥さんを僕も求めていないから!
今度こそ、結婚の承諾を得たと安心して、僕はロザリーを抱きしめた。
辛いので、キスは我慢した。
洗濯が終わったところで、僕は急いで手紙を書いた。
ブノア達と実家に、ロザリーから結婚の承諾を得られたこと。
婚姻の準備を始めてほしいこと。
そして、ヴィリエ家にも、ロザリーから結婚の承諾を得たので、婚約誓約書を完成させたいこと。
簡潔に書いて、手紙鳥で飛ばす。
特に実家には、この数時間の間に僕が求婚したと手に取るように分かることになる。
ちょっと気恥ずかしいけど、誰も指摘してきたりはしないだろう。
僕は浮かれ気分でさっさと掃除を済ませ、昼食を作って二人で食べた。
食後のお茶を飲んでいたら、ヴィリエ家からの手紙鳥が来て、今日の夕食への招待だった。
素早い返信であることといい、ご実家ではロザリーの相手としてやっぱり僕で問題ないみたいだ。
良かった。
ヴィリエ家への夕食の返事はロザリーが出してくれたので、僕がようやくのんびりしていたら、今度は父からの手紙鳥が来た。
先に送った方の手紙への返事だったけど、かなり喜んでいる様子で、結婚式のための神殿の予約を入れたいが、この日取りの中だったらどれがいいか、と、自分の仕事の予定と神殿の空きを調べた上での内容だった。
さすが、侯爵家、仕事が早い。
僕は、今日ヴィリエ家で婚約誓約書を完成させてくるから、その時にヴィリエ家の都合も訊いてくる、と返した。
僕はそれから、ブノア達にこの候補日のどれかで結婚式を挙げることになりそうだと送り、所長にも婚約が成立することを報告し、結婚式の候補日と、そのどれかに決まったらかなり長期に休みを取りたいことなどなどを書いて送った。
さらに、ハーレで領主代行をしてくれている親子にも、僕の婚約が決まったことを報告し、必要な手続きの書類を後日とりに行くことを送り…。
そんな感じで各方面に手紙を書いては送っていたら、ロザリーはいつの間にかソファーで本を読んでいた。
きっと、結婚してからの休みの日ってこんな感じなんだろうな、そう思ったら、口角が上がった。




