68ダンジョン攻略~帰還
次の瞬間、眩しい日差しと頬を撫でる風に、全身の細胞から緊張が解けたような感覚がした。
辺りを見回すと、森の中で、この周辺だけが木がまばらなようだった。
「入り口から少し離れているようだな…ゲートを探してくるからここに居ろ」
歩き出したギーさんに、リュシーさんがついていった。
「ギーだけだと、皆のところに戻ってこられないかもよ?」
リュシーさんの声は、ダンジョンの重圧から解放された、明るいものだった。
僕は木陰に座り、木の幹に体を持たせかけると…アランさんがいる安心感からか、すぐに眠ってしまった。
ふと眩しさに目を覚ますと、時間が経って木陰だったところに日が差し込んで、顔に光が当たっていたからだった。
うっすらと目を開けると、誰かが小声で子守唄を歌っている。
眩しさに目が慣れて目を開けて見ると、意識のない僕達のすぐ近くで、アランさんが簡易コンロでお茶を淹れながら、小声で歌っていた。
その視線の先には、木陰で眠るオルガさん。
アランさんは自国の言葉なのだろう、この国の言葉ではない言葉で歌っていた。
でもメロディは、この国でも有名な子守唄で…。
でも、学院生時代に、アランさんの国の言葉も少し学んでいたので、僕は途中からだったけどある程度歌詞の内容が聞き取れてしまった。
私の大切な半身、良い夢を見て
私の愛する半身、明日も共に過ごしましょう
夜が来て朝が来て、いついつまでも、いついつまでも…
僕らの国では、母親が子どもにかける愛情の歌だけれど、これではまるで恋人同士の歌のようだ。
なにか、見てはいけないものを見てしまった、と思った時には、出来たお茶をカップに注ごうと視線を上げたアランさんと目が合ってしまった。
「カミーユ君も飲めるなら飲むといいけど…」
そう言って、カップに注いだお茶を持って来てくれた。
少し眠ったからなのか、随分と気持ち悪さが落ち着いていたので、ありがたくお茶をいただく。
香りがいいからか、すんなり口にすることが出来た。
「何か口にするの、いつぶりでしょうか」
僕は気まずいので、今見聞きしたことには触れないことにする。
「ドラゴンと戦う前だけど、随分前に思えるよね」
アランさんの淹れてくれた花の香りのするお茶を飲むと、ダンジョンから生きて出られたんだという実感が急にしてきた。
「ああ、僕、生きて帰ってこられたんですね…」
「そうだね。君のロザリーのところに、もうすぐ帰れるよ」
マントに刺されている『無事に帰ってきて』のことを言われていると思うと恥ずかしくて顔が赤くなる。
アランさんが僕の隣に座ると、ちょっと離れたところに寝ているオルガさんを見た。
「さっきの聞かれちゃったかな?あの歌、この国では子守唄だけど、僕の国では恋人同士の歌なんだ。お察しの通りだよ。僕はね、『海辺の風』にオルガがいたとき、彼女のことが好きだったんだ。本気で結婚して欲しいとお願いするつもりだった。でも、ヴィリエの本家に近い彼女は、彼女が選んだ男しか、目に入らなかったようでね。求婚するどころか、気持ちを伝えることすらできなかった。で、そのおかげでいまだにこうして引きずっているってわけさ。だから、君が彼女を望んで、彼女も君が大切なようだから…帰ったらすぐに捕まえる方が良い。僕みたいな男が君たちの周りにいたとしたら、早く引導を渡してやるのが親切だからね」
アランさんがオルガさんのことを好きだったなんて、ずっとこの少人数で過ごしてきたのに、全然気が付かなかった。
まあ、僕の場合は緊張していたから、そんな余裕が無かったのかもしれないけど…。
オルガさんは結婚してもう子供もいる口ぶりだった。
それでも、忘れられない、ということは…本当にこじらせてしまっているみたいだ。
リュシーさんもオルガさんもダンジョンの中で、よく軽口を叩いたりしていたけれど。
リュシーさんはトラップダンジョンということで、常に神経を尖らせていたのに対して、オルガさんはダンジョンの中でも外でも、ほとんど変わらない、おっとりとしたままだった。
ヴィリエに近いからこその何か余裕があるのかもしれないけど…確かに僕からしても、一緒にいることが楽な人ではある。
何度もこういう死線を潜り抜ける経験をしたなら、好きになってしまう気持ちも分かる。
「僕は、他国の生まれで魔力はないけど、一応貴族に連なるから…こういう銀の髪とか色の薄い青い目とかを持っていて、それだけで女の子が寄ってくる。だから僕が本当に好きな人には振り向いてもらえなくて、気持ちを切り替えられないことを、誰も分かってくれないんだ。でも僕以上にモテるだろう君なら、分かってくれるよね?好きな子以外、どれだけ寄ってこられても意味がないんだってこと。こんなことを他の人に言うと、嫌みな奴だって嫌われちゃうんだけどね」
ははは、と笑うアランさんを見て、そういえば皆が僕のマントの刺繍を見たとき、皆は驚いていたけど、この人は羨ましがっていたことを思い出した。
「でも、久しぶりに一緒に長くダンジョンに潜れて、僕もやっと思いきれたよ。オルガにはもう子供もいるのに、彼女、そんな話題を出さなかっただろう?口に出す必要もないくらいに、子どものためにも絶対に死なない、そう覚悟しているのが見て取れて。彼女も彼女の人生を進んでいるのだから、僕も前に進まなくちゃ、って思ったんだ。まあ、人生愛だけじゃないのは分かってるんだけどね。冒険者として有名になればなるほど、僕のうわべだけでモテてるのが自分で分かっちゃって、なおさらに恋愛には憶病になっていたよ。……おじさんのこんな話はつまんないよね」
僕にお茶のおかわりを注いでくれながら、笑うアランさんを見て…。
僕は全く他人ごとではない、と青くなった。
周りも番ではないかと言ってくれてはいる。
でも、万が一、何かあって、ロザリーが僕ともう絶交だ、家も出て行け、なんてことになることも無いとは言えないのだ。
「僕はまだ21歳だし来年あたりに求婚するつもりでしたけど…帰ったら、本当にすぐに求婚することにします。オルガさんも前に、帰ったらすぐに求婚した方が良いって言ってましたしね。僕、アランさんを他人事と思えないです。貴重なアドバイスをありがとうございます」
「そういえば、その見た目を偽っていた魔道具?そろそろつけた方が良いかもしれないよ。もうすぐギー達が戻ってくるから」
僕にはさっぱり分からなかったけど、アランさんが言うからには、と大急ぎでお腹をめくり、ピアスをつけた。
「それ、すごい効果だね!僕もそういうのを着けようかな…」
アランさんは本当に、絵本から出てきた王子様のような見た目の人だ。
そしてその人柄も実際に、柔らかくて人当たりも良く、それでいてソードマスターでもある。
皆が憧れて、好きにならない訳がない人なのだ。
でも、アランさんは見た目に惑わされているのだろうと…まあ実際に見た目で選んでいる人もいるだろうけど…寄ってきた女性のことをちゃんと見ることが出来ずにいるのだろう。
きっとその中には真摯に、アランさんの人柄に好意を持っている人だってたくさんいるはずなのに。
僕のピアスのように、見た目の魅力軽減をさせれば、それでもアランさんがいいのだ、という人を見分ける一つの方法にはなる。
見た目が美しいことは羨ましがられがちだけれど、勝手に人柄に幻想を抱かれがちだし、あの忌まわしい淫魔の事件のようなことだって起こる。
むしろ、普通の幸せを手に入れるのには、邪魔になることが多いと思っている。
「これ、魔力を消費するので…研究所に戻ったら、魔力のないアランさんでも使えるようなものを研究してみます」
僕はアランさんにそう約束した。
僕は、もうダンジョンから生還したのだ。
生きて帰ることが出来たら、という『たられば』の話ではなく約束をすることが出来るのだ。
僕は嬉しくなって、香りのいいお茶を飲み干した。
長かったダンジョン攻略が終わりました。




