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カミーユとロザリーの話  作者: 十月猫熊
第2章 カミーユのお話
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48恐怖体験


狭い部屋で皆が黙って、それぞれ物思いにふけっている。


ここで、隣の部屋からそれらしい声が聞こえはじめるのを待っているのだから、静かにしているのは当然だとしても、やはり彼女のこの先のことを考えると、誰しもがいたたまれない気持ちになるのだろう。


もし何か言葉を口にしなくてはならないとするなら、命さえあれば何とかなる…、という陳腐な慰めしか思いつかない。


思わずため息をつきそうになった時。

隣室から、声が聞こえてきた。


何を言っているかまでは分からないけど、甘い声で誘っているようだ。

彼女の声がどんなだったか全く記憶にないけど、媚びたような、甘えるような声だ。


恋人にそのような声で話しかけられたら、普通の男なら嬉しいのかもしれないけど、僕は生理的に嫌悪感を覚えて、思わず仮面の下で口元を押さえてしまった。


やがて、その声が喘ぎ声に変わりだした。

所長と目を合わせ、頷き合う。


ああ、さっさと終わらせて、一秒でも早く帰りたい!


ロザリーが隣室の四隅にあらかじめ仕込んでおいた魔道具を使って、淫魔が実体化を解いたとしても逃げ出すこともできない結界を張る。

これはあの陛下の魂を戻したときの結界に近く、膨大な魔力を消費するので、それを少ない魔力でも維持できるように、魔術師の塔が淫魔対策に開発したものだ。


その後、防音や、万が一淫魔が暴れたりしたときにも部屋に被害を及ぼさない結界など、ロザリーは慎重に多重にかけていく。


それらの結界がきちんと張れたことを確認したところで、そっと寝室に忍び込んだ。


ベッドの上に、確かに二人いるのを確認して、ロザリーがもう一つの結界を張った。


最初は広めに。


ベッドの周囲を球状に囲っているその結界は、低級な夢魔なら触れただけで浄化されてしまうほどの聖なる結界で、僅かに発光している。


僕らが所定の位置に向かうのを確認しながら、ロザリーはそのうっすらと光る結界を徐々に小さく狭めていく。


今回結界係をロザリーが務めているのは、淫魔の討伐を今後ロザリーが受ける可能性があって、その場合は全てを一人でこなさなくてはならないので、練習のため、というのと、僕とジョルジュ先輩には別の任務があるため、だ。


所長は、僕ら三人が淫魔に対応するのが初めてなので指導係として、そして、最後に被害者から淫魔の記憶を消すために来てくれている。


記憶の消去などという難しい魔法は、使える者は数えるほどしかいない。


淫魔の討伐に、記憶消去までセットだなんて、伯爵家は相当なお金を積んでいる。

でもまあ、親心なんだろう。気持ちは分かる。


今のところは計画通り上手くいっている。


ロザリー一人で倒す場合は、この後、特別な剣で淫魔を刺し貫く。

別にヒト型をとっているからと言って心臓とか急所を狙う必要はなくて、適当に数度ぶっさせば、実体化していられなくなり、やがて消滅するとか。


ただ、今回は、魔術師の塔から淫魔の捕獲依頼が出ていて、僕とジョルジュ先輩は淫魔をできれば無傷で封印する役目だった。


なので、封印のための魔道具の瓶を手に、僕と先輩はベッドに近づく。


聖なる結界にからめとられて弱体化したところを封じ込めるのだから、手が届く距離まで近づかなくてはならない。


ロザリーが、発光する結界をさらに狭めた。


「ぎゃ!」

「ひっ!」

「うわっ」

「あー…」


暗闇に慣れていた僕らの目は、結界が発するわずかな光でも、ベッドの上でむつみ合う二人の姿をしっかりととらえることが出来た。


四人がそれぞれに悲鳴や声を上げたのは仕方ないだろう。


ベッドにしどけなく横たわる、伯爵令嬢の上に覆いかぶさっていたのは。

…僕だったのだ。


僕の姿をした淫魔が、令嬢と体を繋げていた。


僕と先輩は、近づいていたので、もろに見てしまった。


僕は恐怖と激しい嫌悪とに突き動かされて、考えるよりも先に無意識に浄化魔法を放っていた。


心の底から、消え去れ!という激しい感情が沸き起こり、これ以上一瞬たりともその光景を目にすることは我慢ならなかった。



「きゃー!」


女性の叫び声に我に返ると、捕獲対象だった淫魔は影も形もなかった。


「あ…」

やってしまった。


狼狽えて隣の先輩を見たら、先輩はすぐにパニックに陥った令嬢を魔法で眠らせてくれていた。

僕は足ががくがくして立っていられなくなり、ふらふらとその場に座り込んだ。


先輩と所長が色々確認をして、すぐに先輩が部屋を出て行った。

僕は何も考えられずに、ぼーっと眺めていることしかできない。


いつの間にかロザリーの結界は全て解除されていて、霞がかかったような頭のどこかで全部終わったのか、と考えていたら、ロザリーが寄って来て、僕をむりやり引っ張って立たせると、その小さい体で僕を支えて部屋から連れ出してくれた。


最後にちらりとベッドを見ると、令嬢は毛布をかけて、ただすやすやと眠っているように見えた。


廊下をよろよろと歩きながらも、さっき見た生々しい光景が蘇り、吐き気がして、気が遠くなりそうになった。

その度にロザリーが立ち止まって、僕が落ち着くまで待ってくれた。


気がついたら、反対の肩を先輩が支えてくれていて、ロザリーと二人がかりで、仮眠をとらせてもらっていた客間まで引きずられていった。


魔術師相手に仕事を依頼した場合の常識通り、テーブルには食べ物や飲み物が用意されていた。


テーブルの前のソファーに座らせられたけど、僕はまださっき見た光景が頭から離れず、嫌悪からくる震えが止まらない。


自分で自分を抱くようにして俯いて震えていたら、いつのまにかフードや仮面を外され、誰かが背中をなだめるように撫でてくれていた。

ようやく現実の世界に意識が戻ってきた感じがしたけど、まだどこかぼんやりしている。


背中を撫でているのがロザリーか、と分かった頃、ロザリーがお茶のカップを口元に持って来て、飲ませてくれた。


上質な香りのいいお茶で、その味と香りを感じることで、ぼんやりしていた感覚が、少しだけ現実に戻ってきた。


そうだ、魔力を消費したのだから、食べなくては…。


ロザリーが口元に持ってくる食べ物を、何も考えずに食べた。

きっとお茶同様に食べ物も美味しいのだろうけど、味わう余裕はない。


ああ…さっき魔道具を使う際に手元が狂ったりしないよう、目がよく見えるようになる術をかけていなければ…あんなにはっきりと見えることも無かったのに…。


まだ効果が続いていることに気が付いて、自らにかけていた、一時的に視力を上げる術を解く。

そして、ぼんやりと見える世界の中で、ひたすらにロザリーが口に運んでくれるものを、もくもくと食べて飲んだ。


魔力の回復を感じ始めたころ、所長が戻ってきたので、なんとか顔を上げて所長を見上げると、またしても渋い顔をしているようだった。


「今日の討伐は、私とロザリーの二人にしておけばよかったな…いろいろと判断ミスだった、すまない」


「伯爵令嬢が私達と同級生であったことは、来てみて初めて分かったことでしたから、不幸な事故ってことじゃないですか?」


「…いや、そこは下調べをしっかりしておけばわかることだった。私も淫魔退治は何度か経験があるし、さらに他の経験談を聞いたり読んだりしているが、淫魔が自分に化けているところに遭遇するという話は聞いたことがないからな。ほんのわずかな時間とはいえ、カミーユには衝撃的だっただろう。ロザリーとカミーユは特別任務扱いで明日と明後日は休んでいいことにしておいてやるから、ロザリーはカミーユが立ち直るようにしっかりついててやってくれ。で、ジョルジュ、お前にはやってもらいたいことがあるから、休みじゃないがいいか」


「今回はほぼ出番がなかったですからね。塔から頼まれていたことも失敗に終わりましたし」


僕がぼーっと三人の会話を聞いている間に所長はあっという間に軽食を平らげたらしい。

その後すぐに僕は馬車に押し込まれ、伯爵家を後にした。


まだ油断するとさっきの光景が目に浮かんでしまう僕は、ところどころ記憶が曖昧になっている。

いつの間にか馬車から降ろされてロザリーに手を引かれて夜道を歩いていた。


真っ暗な中、夜空には星が瞬き、ロザリーの小さくて柔らかくて暖かな手が、僕の手をぎゅっと握った。


ふいに、それまで呼吸がまともにできていなかったのに、急に息が吸い込めた。そんな感じがした。


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