47この国の貞操観念
淫魔の討伐依頼で訪れた先は…なんと、僕やロザリーの同級生の家で…つまりは淫魔の被害者は同級生だった子だった。
昼間に、彼女が庭でお茶を飲んでいるところを遠目から見て、全員で間違いなく淫魔にとり憑かれている特徴が出ていることを確認し、数年ぶりに見る同級生であることまでをも確認できた。
ご両親からの聞き取りもして、その内容も淫魔にとり憑かれているとして、矛盾しなかった。
現地にきてから、被害者が僕らの同級生であったことに遅ればせながら気が付いた所長は、珍しく顔をしかめていた。
僕らは、こういう、より強く守秘義務が課されるような仕事の時は、性別すらわからないほどのゆったりしたローブをまとい、深いフードをかぶり、仮面で顔を隠す。
そうして、依頼主からは、その仕事を請け負ったのがどの魔術師だったのか、わからないようにするのだ。
だから、伯爵夫妻も、娘と同級生だった人物が今回の討伐に関わっているなど、気が付いていない。
基本的に話をしているのは所長だけだし。
心から、最後まで同級生だった魔術師が今回請け負っている、などと気付かれることのないまま、この仕事が終わることを願ってしまう。
その後、もう一度四人で詳細の打ち合わせをして、計画を再度確認し、仕込みなどもしてから仮眠をとらせてもらった。
伯爵家の大きなタウンハウスでもあり、僕らが訪れていることもごく限られた使用人しか分からないようにしているので、同級生が僕らに気付くことも無い。
夜、使用人達のほとんどが部屋に下がったころ、僕らは被害者である彼女の寝室の隣の部屋にある、夜番のメイドの控室に四人でこもっていた。
何とも言えない、微妙な空気が流れている。
さっき夜番のメイドが全てのやることを終えて、本来ならこの部屋で朝まで待機するために入ってきたのだけど、今は僕達が待機しているので、深刻そうな顔で黙って頭を下げ、廊下に通じるドアを開けて出て行った。
このメイドは違いなく、彼女の主に起こっていることに気が付いているのだ。
ほかに誰もいないはずの主の寝室から会話する声が聞こえたりしたときに、どうして踏み込んで止めてやらなかったのだろうか、と考えてしまう。
でも、魔術師でもない一般人からすると、…お嬢様しかいないはずの寝室から男性の声がする、でもお嬢様の声が嬉しそうだ、なら邪魔はすべきではないのではないか…、と黙認したのかもしれない。
まあ実際どうだったにせよ、もはや手遅れなのだ。
隣室で眠りにつこうとしている彼女は、もはや実体化した淫魔に体を許してしまった。
彼女の両親はそのことを把握済みで、沈痛な面持ちだった。
彼女はこの先まともなところには嫁ぐことが出来ない。
伯爵家の令嬢という上位貴族であるのに、だ。
上位貴族であるほど、男女問わず、身持ちがかたい。
男性でも普通は娼館などに通ったりもしない。
というのも、この世界には命にかかわる性病があるのだ。
数百年前、国同士の諍いがあまりなくなり、他国へ移動する人々が増えるにしたがって…いつの間にか世界中に蔓延したという話だ。
命にかかわらなくても、女性なら不妊に、男性なら種なしになってしまうタイプのものもある。
風邪を回復魔法で治せないのと同様、性病も魔法で対症療法はできても、一度感染してしまえばそれでもうおしまいだ。
男性側は、経験のあるなしの確かめようもないけれど、女性は純潔であるかどうかは分かる。
婚姻前に他の男の子どもを宿していないか、といった側面もないわけではないが、一番の理由は病気をもっていないかどうか。そこにある。
だから、愛人をつくるにしても、メイドに手を出すにしても、上位貴族の男性は死にたくないので処女を好む。
また、女性側も、性病に感染している男性と関係を持てば、たったの一回で感染させられてしまうものだけに、慎重になる。
でも下位貴族だとそこまで純潔にこだわらない風潮もある。
命にかかわるものから軽いものまで、性病にかかっているときには、やはり独特の症状があるので、それを気にしておけば大丈夫、というのがその理由だ。
また、嫡男に継がせるような領地や財産も無ければ、性病のせいで子どもができなかったとしてもそこまで深刻な事態にはならない、というのもあるのだろう。
上位貴族の三男以降などには、貞操観念も低いものもたまにいる。家を継ぐことはほぼないからだ。
そうなると婿養子になる機会でもない限り、婚姻して家を出た時点で男爵位まで堕ちてしまうため…上位貴族の子息の肩書があるうちに、下位貴族の令嬢を味見して回るような奴もいなくはない。
ちなみにロザリーがデビュタントのときに、そういうタチの悪い侯爵家の三男に手籠めにされそうになり、返り討ちにしたという事件があった。
ロザリーがヴィリエ独特の色を持ち合わせてはいなかったとはいえ、魔力から気が付きそうなものだというのにバカな奴だった。
あのヴィリエの本家の令嬢に手を出そうとした、ということで、息子の不始末の責任をとり、後日その侯爵家は伯爵への降格が決まったのだ。
僕も侯爵家の次男だけど…同情の余地はない。
ついでにいうと下位貴族や平民たちのなかには娼館に通ったりするものも、いなくはない。
そして、病気の管理を徹底して、上位貴族を相手にする高級娼館もあったりはするのだけど…まあ僕には一生縁がないだろう。
そんな訳で…純潔ではなくなった彼女は、もう子どもを望むことも無い老人の後妻くらいしか、婚姻の道はない。
今回のように魔物が相手でなければ、その相手がたとえ使用人であったとしても責任を取らせて結婚させることになったのだろうが…不憫なことだ。




