40喜んでもらいたい
今まで料理は『手伝い』だった。
侍従のブノアも執事のフレデリクも本来は業務外だけど料理も洗濯も掃除もするし、その腕は確かで、何をやらせても一流の二人に教わって、手伝ってきた。
一人で全部作るのはここに来てからが初めてだったけど、同時進行しないので若干時間がかかるだけで一人でも特に問題はない。
それに、ロザリーの喜ぶ顔を想像しながら作るのは予想外に楽しくて、我ながら意外だった。
今まで、僕にとってロザリーは一緒に何かをする仲間であり、ライバルだった。
何かをしてあげるのは…魔力を使い果たした時の介抱時くらいか。
そういう時は異常事態という感覚が強かったから意識しなかったけど…ロザリーのために何かをするのは、楽しい。
そして喜んでもらえると、嬉しい。
そんな風に思う相手は、家族とブノアとフレデリク以外では初めてかもしれない。
考え込んでいたら、ロザリーがリビングに戻ってきた。
魔法陣の書かれたスカーフを腕に巻いて、濡れた髪を乾かそうと、威力を減退させた温風の魔法で試したみたいだけど…威力を弱めきれなかったようだ。
頭全体がまるで綿菓子のように膨らんでぼさぼさになっている。
「あれでもまだ強かったんだね」
かなりいい感じの陣だと思ったのに、あれでもダメだったとは。
「うん、でも練習次第ってとこもあるけど…どこ改善できるかなー」
ロザリーがスカーフをソファーの前のローテーブルに広げたので、料理もひと段落ついていたし、ロザリーの隣に座って、一緒に陣を眺める。
「あ、ここを、変えたらどう?」
「でも、それだと消費魔力が」
「君専用だったら気にしなくて良くない?」
「それもそうか」
ロザリーが変えたい場所に手を当てて、魔力で一部を書き換える。
「よし、これでカミーユの髪を乾かしてみよう!後で実験台よろしくー」
「ええー僕?」
ロザリーの魔法の実験台で、大変な目に何度あってきたことか。数々の思い出したくない記憶に、思わず眉間にしわが寄る。
「そんな嫌そうな顔しなくても死なないから大丈夫だって」
「はあ、もう長い付き合いだし、実験台も何回目かわかんないしね、あきらめるよ。それより、パンが焼けるまで少しかかるから、…ちょっと座って待ってて」
僕は寝室に入ったとき、鏡台があったのを目にしていた。
そこに、これまた使っているのかいないのか、な、化粧品関連の品々が置かれていたのも見ていたので、そこから髪用の香油と櫛を持ってくる。
妹が使っているのを見たことがあったので、それと分かったものだ。
ソファーに座るロザリーの後ろに回って、ぼさぼさの髪に少しずつ櫛をいれて梳いていく。
「痛かったら言って」
僕の突然の行動に、ロザリーは肩をすくめる。
「えええーカミーユってば私の侍女になったんだろうか…」
「女の子じゃないから侍女にはなれないね」
ロザリーのために何かしてあげるのが楽しくなっている、なんてことは言えない。
「上手だねー何でもできるんだね、研究所辞めたら喫茶店かと思ってたけど、料理人でも、あ、執事でもいけそうだ」
「だからさ、なんで僕仕事辞めなくちゃならないの」
ロザリーは時々僕を辞めさせようとする。ほんと、何でだ。
そうこうしているうちに、ぼさぼさに膨らんでいた髪がおとなしくまとまってきたので、香油を髪につけてもう一度くしけずる。
もしかしたら、こんなにしっかりロザリーの髪に触れるのは初めてかも…いや、不可抗力的に触れてしまった時を除けば、間違いなく初めてだろう。
想像以上に細くて柔らかい髪だった。
その柔らかさをこっそり堪能しながら、丁寧に香油を馴染ませていく。
「おお!これってこんなにいい香りだったのかー」
「家族に持たせてもらったんなら、もったいないからちゃんと使いなよ」
「んんーでもさ、髪がいい匂いしてなくても死ななくない?」
「なんで基準が生きるか死ぬかなの…」
相変わらずロザリーの基準は男前だ。
呆れたため息をついて、櫛と香油を寝室に戻し、そろそろ焼けているはずのパンの確認する。
いい感じだったのでオーブンから出し、粗熱をとっている間に、グリルした鶏肉をロザリーに取り出してもらい、僕は付け合わせの野菜を盛り付ける。
豆のクリームスープをロザリーがよそってくれている間に、お茶を淹れる。
ロザリーは、料理は手伝わないけど、盛り付けや配膳は手伝う気があるらしかった。
「いただきますー」
嬉しそうな顔でそういうと、料理にかぶりつく。
おいしそうにパクつく姿を見ると自然と顔がほころぶ。
どれも上手くできていて、これなら我が師匠達も合格というだろう。
いや、パンは少し塩が多すぎたか?でも焼き加減はうまく行ったと思う。
デザートの冷たいコンポートもいい出来だ。
甘いものが苦手な僕基準の甘さだから、ロザリーには物足りない可能性もあるけど。
「ふぁー食べたぁ!なんか昨日から作ってもらってばっかりで申し訳ないね。明日は私が作ろうか」
食後のお茶をすすりながら、ロザリーが心にもないことを口にする。
「そう言ってさ、朝は起きないんじゃないの?」
お風呂で寝入っていた時の起きなさぶりは尋常ではなかった。それに今日も昼まで寝ていたし。
「は!なんでそれを」
いや、前から朝はなかなか起きないことは知ってるし。
「だって、一回寝たらいくら呼んでも起きないし。明日もまだ休みだから早く起きるつもりなんてホントはないでしょ?」
「なに?人の心読めたっけ?」
やっぱり心にもないことを一応言ってみただけらしい。
「正直、僕も今回の仕事は結構疲れたから…。帰りそびれてロザリーには申し訳なかったけど、しっかり休ませてもらおうと思ってるし、ロザリーが良く言う、適材適所、でしょ?僕、まずいご飯食べたくないから、ご飯は明日も僕が作るよ」




