32ブノア結婚?!
討伐そのものはあっという間だったけど、吹雪に閉じ込められて身動きが取れなかった期間と真冬の移動は時間がかかるため、結局一月近く王都を離れてしまっていた。
そしてその間に、以前陛下に願い出ていた『公爵家からの見合いの申し込みを無かったことにすること』が認められたと聞いてホッとした。
「これで陥れられて結婚に至る可能性はぐっと減りましたねえ」
「うん、なんかまた少し楽になった気がする。それに、例の特別任務のご褒美で、果樹の苗の輸入許可も出たし、街道を新たに作る許可も出たし。一番最近のご褒美では海外の果樹職人を呼び寄せる許可も貰えたからね。あのときの希望はこれで良かったんだよ、やっぱり」
「まあ、坊ちゃんはとっとと結婚してしまえばいいのだと思いますがねぇ」
「独身三人そろってそんな話をしても不毛じゃないか」
「あ!そうだ、坊ちゃんに報告があったんですよ。私、結婚しますから!」
「は?ブノア、いつの間に!?誰と?」
「えへへー誰だと思います?」
「うわ、うざい。フレディ、誰なの?」
「出入りのパン屋の娘です」
「いずれはハーレの町に移り住むことになったとしても、ついてきてくれるって了承済みなんです。坊ちゃんよりちょっと年上くらいの若い子なんですが、坊ちゃんより私がいいっていうような奇特な子なんですよー」
「自分で自分を選ぶ娘を奇特とかいうな。ブノアに嫁が来ないのは勿体ないってずっと思っていたんだ。僕のお墨付きの男だからな、その娘、人を見る目があるんだな」
「いやー、照れます。ってわけで、私、坊ちゃんの許しが出たら、通いにしたいんですけど」
「ええー?その娘もここに住めばいいじゃないか。…その前にその婚約者に会っておきたいが」
そんなわけで、ブノアの婚約者と会ってみた。
名はマリーといい、色白で、平民なので少しぽっちゃりしていて、焦げ茶色の髪で茶色い目をして、そばかすが目立つものの、全体の雰囲気は大人しそうで、とにかく穏やかな娘だった。
「私のような平民でもいいとおっしゃってくださって…身分違いでとても無理だと思っていたのですが」
口を開けば見た目の印象よりも聡明そうだ。
「ブノアはああ見えて一応子爵家の三男で、魔力持ちだから、分家して、男爵を名乗ることになる。いわゆる『魔力があるから貴族』扱いなだけで、暮らしは平民と変わらないと思うが…」
「はい、私には貴族の妻は務めきれませんので、その、むしろそうであることで決意できたというか」
僕と話をしていても、様子が変わってくることがない辺り、きっとこの娘も魔力が無いなりに『大丈夫』なタイプなのかもしれない。そして、変に貴族との婚姻による玉の輿を狙っている節もない。
「僕のことが本当に大丈夫か、試していい?」
僕の言葉に、ブノアが緊張した面持ちで頷く。マリーは僕が魔道具を外したところは見たことがないはずだからだ。
僕は一旦部屋から出て、ピアスを外して、部屋に戻った。
マリーは僕がバタバタと出たり入ったりしているのが、何なのだろう、という顔をしている。
「結婚式はいつの予定なの?」
近寄って話しかけてみると、「その、ブノア様のご都合がまだお決まりでないので…」と目を伏せる。
わあ、すごい、合格かも。
そう思ってにっこりと笑いかけたら、顔が真っ赤になったので慌てて部屋から逃げ出して、ピアスをつける。
そっと部屋の中を窺ってみると、マリーはブノアの肩におでこを押し付けて、二人で何やら話をしていたので、フレデリクを指で合図して、こちらの部屋に呼ぶ。
「フレディ、あれって合格?『大丈夫』だった?ダメだった?」
「はい、『大丈夫』でしたよ。合格ですね。今は、間近で見るカミーユ様の笑顔の破壊力のすさまじさを体験して、あれは人外ではないのか、恐ろしいです、とかなんとか。カミーユ様は鑑賞するバラのようなもので、一緒に生きていく相手ではないなどとブノアにこぼしているところですね」
「…なんか僕が貶されてるだけなんだな」
「いえ、『大丈夫』な者達が最初に抱く感想は大抵あのようなものなのです。大丈夫ではないものは、『なんて素晴らしい、私のものにしたい、私だけのものに』、というようなことを口にします。ですので、総合的に合格ですね。カミーユ様さえよろしければこの屋敷においても大丈夫でしょうが、まあ、無理にとは申しません。それに、ブノアの方も準備があるようで、婚姻は春を過ぎてからになりそうです」
「まあ、指輪とかドレスとか準備は必要だよね。ご祝儀を先渡ししてやろうかな」
「そうですね、それがよろしいかと」
「フレディも、早く相手見つけてくれるといいんだけど」
「……私は将来を誓った相手は既におりますのでご心配なさらず」
「ええっ?どうしてブノアみたいに言ってくれないの?」
とがめるような視線を向けると、フレデリクが珍しく視線を逸らす。
「その、彼女はオスマン領の城に勤めておりますので」
「…はあ?じゃあ、僕がフレディをタウンハウスに呼び寄せたときから離れ離れになっているってこと?」
「まあ、そうです、ね」
「あれ?もしかして僕が実家に送り返した使用人の中にいたとか?」
「いえ、奥様付きですので城からは出られません」
「…えっと?こういうとき、僕はどうしたらいいんだ?母付きの子をやめさせて王都に呼べばいいの?でもきっと仕事は続けたいんだよね?でも僕もフレディがいなかったら困るんだ、僕の執事はフレディしかいないんだし。丸く収まる方法って?」
僕が頭を抱えていると、フレデリクがため息をついた。
「私どもは、主のためにおります。自らよりも、主の人生が優先です。執事に婚姻しないものが多いのはそのためです。彼女もそのことは承知しており、叶うならば退職後の老後を共に、という程度のものです。どうぞお気になさらず」
「いや!気にするって!僕にとって、ブノアとフレデリクは兄のようなものなんだ。幼かったころ、何度怖いところから助けてもらったか。どれだけ僕の心の支えだったか分かってないんだな。僕が旦那様って呼ばせない理由、前に説明したじゃないか!今すぐは思いつかないけど、どうにかしたいから、時間が欲しい」
フレデリクはふう、とため息をついて、僕が小さかったころのように、僕の頭を撫でた。今では僕の方が背が高いのだけど。
「坊ちゃまは、まずはご自身のことをお考え下さいませ。私達のことに気を回す暇があったら、先にご自身がお相手を見つけ、私達を安心させてください。そうなりましたら、私も、自らのことを考えるようにいたしましょう」
「…そう?約束だよ」
「はい」
しばらくたってから、フレデリクに何年かぶりに坊ちゃまと呼ばれたことに気が付いたのだった。




