31冬の遠征
冬になると、暖かい室内で、新しい魔法の組み合わせを考えたり、今ある術式の改善について考えるのがいい。
そう思っているのに、僕たちは今、雪の吹きすさぶ北の辺境にいた。
秋にかけての魔物討伐の実績を買われて、北の辺境伯からの魔獣討伐依頼に、また選抜されてしまったのだ。
クマのような魔獣が人里付近に頻出するので、それを倒せばいいらしい。
さすがに今回はテントではなく、村の宿屋に宿泊している。
でも、北の辺境伯領の領軍の人達から話を聞くと、この雪の中でテントを張ってキャンプをすることもある、と聞かされて、ぞっとした。
宿の中に居ても聞こえてくる、悲鳴のような風の音。
暖炉の火を掻き立てても、うすら寒い。
この吹雪がおさまると、魔獣が餌を求めて人里付近に出るだろう、という話で、僕らは吹雪がおさまるのを待っていた。
この村に逗留してもう5日だ。
宿といっても滅多に旅人など訪れないこの村では、唯一使用人がいて、部屋が余っている村長の家の一室だ。
僕と先輩が同室で、隣の部屋がロザリーなのだけど、寒がりな僕のために、ロザリーは日中僕の部屋に来て、彼女の部屋で使う薪を僕の部屋で使ってくれていた。
冬の長いこの地方では、薪は貴重なのだ。
いわく、貧乏なロザリーの家では、冬になると皆が居間の暖炉の前に集まって過ごすのだとか。
「だぁから、何年言われ続けてるんだ!って話で!あんたはもっと食べて太るべきなのよ!脂肪をつけなさい!」
「僕だっていつも一生懸命食べてるのを、ロザリーだって何年横で見てるのさ!」
「うるさい!」
ロザリーが僕の口に干し果物を突っ込む。
むぐむぐと干し果物を噛みながら、お茶をすすっている僕に、ジョルジュ先輩が「これ見て」とハンカチを見せてくれた。
「カミーユがまた熱でも出したら可哀想だし、って夕べ考えていたんだけど。氷を使ってくる魔物の攻撃を軽減させる陣なんだ。これを、こうしてみたらどうかって」
もう一枚出されたハンカチには、その低温によるダメージを軽減させる部分だけに特化した陣があった。
「す、すごい!先輩って天才ですか!なんでこんなことに気付かなかった私達!」
2人で顔を寄せてまじまじと見つめたその陣はコンパクトになり、消費する魔力量も減少している。
「あ、でも、これだと継続性が弱いですよね!ここをこうしたら…」
「ある一定の温度以下になったときにだけ発動するようにしたら、もっと魔力消費量が抑えられるんじゃ?」
僕らがわいわい騒ぐのを、先輩はうんうん嬉しそうに聞いてくれる。
そして、これだ!という陣になったところで、試しにその陣を僕の肌着に念写してみた。
僕の場合は、設定温度を高め、だ。
「うん、なんかひやひやしてたのが無くなったよ!すごい効果だ」
「薪の節約になるねー実家に広めよう」
ロザリーや先輩も自分の肌着に念写したようだ。
「これで雪にまみれながらの魔獣討伐も、少しは楽になるといいね」
ここに来るまでの辛い旅路を思い出して、僕らは少し虚ろな顔になる。
「はい!先輩!私、他にも思いつきました!」
「僕も」
それから夜眠る時間まで、僕とロザリーは先輩の発案した陣に触発されて、いろんな陣を編み出していったのだった。
「あの、撥水の効果はもうちょっと工夫が必要だったね」
「でも防寒はばっちり効いたね!討伐の時には汗ばむくらいになったから、調節できるようにしたいかも」
「あー確かに温度もいいけど、湿度の調整欲しくない?夏の終わりの討伐のとき、テントの中が蒸し暑くて辛かったじゃないか」
「カミーユはさー、暑い寒い蒸し暑い乾燥してるってうるさいんだよね!」
「ロザリーと違って繊細だから仕方ないだろ、乾燥してたらすぐに喉やられて風邪ひくし、寒くても熱出すし暑いと体力消耗して弱るし…」
「相変わらずの深層の令嬢…白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるまで塔にこもってたら?」
「まあまあ二人とも。必要は発明の母っていうだけあって、これだけの陣を発明して帰るだけでも所長は大喜びだと思うよ。防寒の陣を置き土産にしてあげただけで、あれだけ感謝されたじゃないか。この領地の人たちの生活は激変すると思うよ」
「まあ、所長の許可もあったけど、無かったとしてもこっそり教えて帰ったよね、きっと」
僕らは、来るときは途中まで馬車、そして歩き、最後は犬ぞりでたどり着いたのだけど、置き土産の陣に感激した領主の計らいで、雪鹿の引く箱そりで送ってもらっている。
馬車の馬が鹿になって、車輪がそりになっていて、人が乗る部分は馬車と同じ、という乗り物だけど、滑っていくので揺れも少なく非常に快適で、来るときの犬ぞりのように風に吹きさらされることもない。
まあ、風は結界で大丈夫だったんだけど、落ちないようにしがみついているのが大変だったのだ。
そして僕らが自分たちでさらに結界を張って、外の冷気が入ってこないようにしている。
「きっとね、これらの陣の発明で、君たちにはボーナスが出るよ」
「先輩も、ですよね?だって防寒の陣は先輩の発明で、それ以外はそれの二番煎じですよ?」
「そうですよ」
「僕に手柄を譲ってくれるのかい?」
「いや、譲るも何も!先輩が僕のために最初に考え出したんじゃないですか!」
「先輩、出世したくない理由でもあるんですかぁ?」
「いや、実用の形にまでしたのは君たちの力だからね」
「僕たちチームじゃないですか。いくら先輩でも、あんまり変なことばかり言うと、怒りますよ。怒ったロザリーの火炎、先輩もくらってみたらどうです?きっと軽く走馬灯が見えますよ」
「いや、怒ったからって先輩に火炎はぶつけないよ!それに、あのときはうっかりしたんだって!」
「うっかり殺されそうになった僕の身になって考えてみてよ」
「もう、あのとき謝ったじゃない!学院長にも反省文提出したし、演習場の修復、アレ以降うちの実家も一部払うことになっていたのに、またしてもか!って、私いたたまれなくなったんだから!」
ロザリーの言うアレとは、もちろん、実習場を灼熱地獄にしたときのことだ。
あのあとに、僕はもう一度、死ぬかもしれないと覚悟した事件があった。
ロザリーが制御力バカ子だった頃のことだ。
「ああ、前に聞いた、『カミーユが実習場で後輩に頼まれて魔法実技の指導をしていたら、ロザリーが火炎の威力を制御する練習を近くで始めちゃった事件』か。僕もロザリーと戦うことにはなりたくないな」
「あの時は、戦ってもいないんですけどね!僕は後輩に魔法の指導してただけだったんですけどね!よく見もしないで、とんでもないものをぶっ放す級友がいただけなんですけどね!」
「ああああああ、聞こえない、聞こえないよ。もう謝ったし誰も死ななかったし」
「だから、ロザリーのその生きるか死ぬかが基準なのっておかしくない?あそこにいたのが僕じゃなかったら、あの後輩の子は死んでたと思うけど」
「だからまあ不幸な事故だったけど結果オーライってことで。それに、私だってアレの後反省して、卒業するまで本気の魔法は二度と出してなかったんだよ!あのときだって、弱いのを出そうとしてたのがああなっちゃっただけだったし」
「ちなみに今回の魔獣討伐は本気度どれくらいだったの?」
「え?素材が欲しいって聞いていたから、3割くらい?」
今回は大型の魔獣一匹の討伐だったので、ロザリーと魔獣がエンカウントしたところであっさり終了した。
『早く帰ってシャルルに会うんだー』の叫びとともに魔獣に落とされた雷撃一発。
魔獣を発見して、領軍の兵士が戦闘態勢に入る前の出来事だった。
魔獣の処理を兵士さんたちにお任せして、報告のために辺境伯のもとに向かい、防寒の魔法陣を置き土産にして、帰ってきたところだ。
「そういえば…シャルルって誰なの?」
先輩がちらり、と僕を見ながらロザリーに聞く。
ロザリーは辺境伯領の城下町で買ったキャラメルを口に入れたところだったので、僕が代わりに答えておく。
「ロザリーの甥ですよ」
「え。甥?そうなんだ…ロザリーの口から男の名前なんてどういうことかと思ったよ」
「春になると2歳になるんですけどね、ロザリーってまだ言えなくて『ろだりー』っていうところが可愛いんですよ。僕のことも、カミーユと呼べなくて、『みぃゆ』って呼ぶんです」
シャルルのことを思い出して、思わず目が細まるのが、自分でも分かる。
生まれてすぐから頻繁に会いに行っているので、シャルルは僕のことを親戚の一人だと思っているのかもしれない。
嬉しそうに笑いかけてくるあの笑顔にはいつも癒される。
にっこりしてしまった僕の口に、「太れ」とロザリーがキャラメルを押し込んできて、「先輩も良かったら」と何個か渡した後は、今日の宿に着くまで、いかにシャルルが天使であるかをロザリーは語り続けたのだった。




