25まさかの特別任務?!
「おや、良くお眠りになれなかったようで」
多分寝不足で顔色が良くないのだろう。
起きてくるまで起こさないように頼んでいたのに、結局いつもよりむしろ早い時間に身支度をして朝食をとりに現れた僕を見て、ブノアが眉をしかめる。
知識として、アレはしてはいけないことではないとわかっているものの、はじめて自分にも種付け能力がありそうだと自ら証明して…しかもあまりに鮮烈なその感覚につい二度も…してしまったことがなんとなく恥ずかしい。
もごもごと「夢見が悪くて」と口にして、三人分のコーヒーを淹れる。
どこも汚さなかったし、部屋の窓も開けて換気もしてきたしバレないと思うけどなんとなく落ち着かない。
料理はブノアから教わっているけど、お茶類はフレデリク直伝だ。
今、ここでは朝食は主従関係なく、厨房脇の使用人部屋で三人で食べる。
「まあ、魔物の討伐からお戻りになったばかりですからね、怖い夢を見ることもあるでしょう」
「うん…本当に怖かったよ…」
ある意味、本当に悪夢だった。
あの、ロザリーの声で甘えたように「ねえ…」と言われたことを思い出すだけで、体が反応してしまいそうになるほどに。
「子どもの枕もとに置く、いい夢を見られるおまじないを用意しましょうかね。子供だまし、と、効果が疑問視されて、気休めだと思われていたあれに、それなりの効果があることが証明できた、とこないだの『塔の報告』に載っていましたよ」
「へえ、魔術師の塔がそんなおまじないと思われていたことを研究対象にするなんて」
「陛下が睡眠関係の魔法やおまじないを研究するように命じているようです。ここだけの話、陛下は睡眠の悩みをお抱えのようでして」
「不眠だったら魔法ですぐに寝落ちできそうなものだけどな」
「さすがに詳しいことまではこの耳には」
どうしてこの執事は屋敷にいたまま、こんな情報まで仕入れられるもんだか。
フレデリクは『大丈夫』であったために僕についてくれたけど、能力的には次期侯爵である兄につけるべき執事だっただろうに。
まあ今さらフレデリクやブノアがいない生活なんて無理だけど。
そのとき、窓にこんこん、と軽い音がして、見ると所長の手紙鳥が窓をつついていた。
「ええ?嘘だろ!」
昨日遠征から戻ってきた僕たちは、特別任務の後の慣例で二日休みがもらえるので、今日と明日は休みだと所長が知らないわけがない。
昨日のうちに、急ぎで報告しなくちゃいけないことは済ませたし…何か漏れでもあったのか?
嫌な予感しかしない中で、窓を開けて手紙鳥を受け入れると、手のひらに舞い降りた白い鳥は手紙に変化する。
「こんな朝っぱらからなんでしょうねえ」
のんびりしたブノアの声を聞きながら読んだ手紙には、急で悪いが緊急の仕事を任せたいので、登城するように、ということが書かれていた。
「はあ?登城?」
僕の大声に、侍従と執事が手紙を覗き込み、「本当だ」「うわ、何着ます?」
そこから大騒ぎで準備をした。
侯爵家の一員でもなければ伯爵としてでもなく、研究所の所員として向かうのだから、と、上質で、でもおとなしいデザインと色味の服を選ぶ。
騎士のように制服があれば楽なのに、とブツブツ言いながら、待ち合わせ場所に向かう。
僕が毎朝の名物の馬車の渋滞を横目に歩いていると、後ろから誰かが走ってくる気配がして、振り向くとロザリーだった。
「おはよ!昨日ぶり!」
笑顔が眩しい。
そしてふわり、と香る甘い匂い。
「香水なんてお腹も膨れないしつけなくても問題なくない?」と言って、貧乏で買えないからではなく、プレゼントしたところで一切使ってくれない、ロザリー本人の匂いだ。
そうだ、これが本物だ。
そして、夕べの夢と、そのあとロザリーのことを考えながらしてしまったことを思い出して、バレるはずもないことなのに、少し顔が赤くなり、挙動不審になる。
さっと目を逸らしながら、「さすがに僕も今日くらいは昼まで寝ようって思っていたのに」ともごもご言って気まずさを誤魔化した。
「そうよね!うちなんて遠いんだから、所長の手紙鳥にたたき起こされて、待ち合わせ時間みたら、すぐにでも出発しないと危うい時間だったのよ!ひどいと思わない?いつもよりも早い時間にお父様とお兄様も付き合わせて馬車で出てきたのに、やっぱりいつものそこで馬車が渋滞して動かなくなるし。そしたらカミーユがうちの馬車の横を過ぎていくのをみて、愕然としたのよ。降りた方が早い、ってね!」
そう言われて良く見れば、少し後方にヴィリエ家の見慣れた馬車の窓から、二人が顔を出して手を振ってくれていた。
ロザリーが手を振り返す横で、ぺこり、と会釈をして、待ち合わせ場所に急ぐ。
そんなに時間の余裕はないのだ。
「カミーユ、顔色が良くないな」
待ち合わせ場所に先に着いていたジョルジュ先輩に、そう心配されながら、三人で所長を待つ。
さすがの僕も愚痴が出た。
「他にも所員がたくさんいるのに、なんで昨日帰ってきたばかりの僕らなんですかね?」
「そうよそうよ!昼まで寝ようって思ってたのに、いつもより早く起こされた上に朝ごはんだってちゃんと食べられなかったわ!」
「おお、飯は用意してくれるだろうから安心しろ」
後ろからの声に、振り向けば、いつものように飄々と現れた所長が、王家の紋章の入った封筒を見せて、軽く振ってみせた。王家のおごりで食べさせてやる、ということか。
「朝早くからすまなかったな、遠征帰りだってのに。詳しいことはあとだが、とにかく急ぎであることだけは間違いがないんだ」
雰囲気を引き締め、深刻な顔で言われればさすがの僕らも黙る。
ことは王家にかかわることなのだから。
「さすが時間通り」
所長の視線の先を見ると、王家の紋章の入った馬車が…おそらく僕らを迎えに来たところだった。




