18魔術学院~第5学年 入所までの休み期間
仕事が始まるまであと1週間ほど、という頃に、ロザリーにとうとう甥っ子が生まれた。
興奮したロザリーに連れられて、生後まだ三日目くらいの、シャルルと名付けられた赤ん坊を見に行った。
ロザリーは生まれた日にも会いに行っているのに、そのときは目の色が見られなかったのだとか。
まだベッドにいることの多いルイーズさんには、お祝いの品を渡して軽く挨拶だけして、子ども部屋に移動した。
乳母さんから渡された甥っ子を大事そうに抱っこするロザリーと共に、その腕の中の赤ん坊を眺めた。
シャルル君は父親譲りの金髪で、うっすら開いた目は母親譲りの金目だった。
ロザリーに抱かれてむずかることもない。
この小さな体で生きているとは信じがたいほどなのに、爪とか耳とかもちゃんとついていて不思議だった。
軽くほっぺをつつくと、口をムニュムニュさせる。
なんともいえない、甘い匂いがする。
見えているのか定かではないというのに、見下ろす僕らを見て、にこっと笑った。
シャルルの魔力は母親譲りのヴィリエ寄りのようで、僕やロザリーとも相性のよい波動のようだ、と感じていたので、赤ちゃんと言えども、それを感じているのかもしれない。
ロザリーと二人でしばらく夢中になってつついたり撫でたりしていたら、「あらあら、あなたたちだって近い将来抱っこできるでしょうに」と乳母さんに笑われて、きょとん、とした。
ロザリーが結婚するつもりがないと言っているのを学生時代によく聞いていたし、僕もそんな相手に心当たりすら全くないからだ。
きょとん、とする僕らのことを、シャルル君付きの侍従や侍女にまで笑われて、居心地の悪くなった僕らは、その日は退散した。
でも、それからというもの、ちょっとした休みの度に甥っ子に会いに行くロザリーに連れ出されることは多くなったのだった。
その日は、公園のベンチを陣取れたので、敷物にする予定だったブランケットを2人でひざ掛けにして本を読んでいたら、隣のロザリーに「ねえ…」と話しかけられて、顔を上げた。
声音から、深刻な話だろうと分かったので、「なに?」とこちらも居住まいを正す。
「一緒に冒険者登録をしない?」
「……は?」
思いもかけない話題に、間抜けな返事が出た。
「冒険者になれば、魔物を倒し放題だって気が付いたのよー。何年か前、『海辺の風』っていう冒険者のパーティーがさ、マッドドラゴンを倒したでしょ?あれ、私もやってみたいのよねー」
『海辺の風』は世界的に有名な冒険者パーティーだ。僕も聞いたことがある。確かにロザリーなら、そのメンバーになれるかもしれない。
それより、魔物倒し放題がしたいなら、どうして就職試験なんて受けたのだ?最初から冒険者を目指せばよかっただろうに。
「…ばかなの?魔術研究所は、特別な許可を得ない限り、副業禁止だよ?冒険者登録したら、入所式を待たずに解雇だね」
「はっ!…そ、そうだったかあー、あぶなかったぁー!相談してよかったぁー」
「うん、本当に。今後もさ、何か思いついたときは絶対に相談してよね。今みたいに取り返しがつかないこともあるかもしれないし」
「うん、そうするよ。…でもさ、ダンジョンに潜ってみたくてたまらないわけよ。研究所にいてもいつかはダンジョンに挑めるらしいんだけど、冒険者になれば、明日からでも行けるな、と気が付いたら、居ても立ってもいられなくなって」
なるほど、魔術研究所がダンジョンに研究員を派遣することは確かにあるらしいから…それで研究所を就職先にしていたのか。
「ああ、それで今日は『冒険者の第一歩』なんていう本を読んでたわけか。よかったね、早まらなくて」
「ほんとだよ!まあ、冒険者になるにはカミーユと一緒に、って思ってたから、一人で登録に行くことは考えてなかったけどね」
「僕を巻き込むのが大前提なんだね…」
「だって私、回復魔法がすっごく苦手なんだもの!」
「そんなに難しいかなぁ…ほら」
ロザリーの手の甲に手を触れて、軽い回復魔法をかけてやる。
「ひゃー、相変わらずすーっとする」
高熱を出したり、のどの痛みに苦しんでるときに、楽になるために自分に回復魔法をかけることもあって、結構幼い頃から使ってきた自分にとっては馴染みの魔法だ。
回復魔法では風邪や病気は治せないが、辛い症状は楽になる。
ロザリーがお返しとばかりに、今度は僕の手を取って回復魔法をかける。
ロザリーからあったかい魔力が流れ込んできて、ぽんっとはじける感覚がある。
「あー相変わらずへたくそ。失敗してるし」
「うー、わかってるよー。なんでこうやってはじけちゃうんだろう…いつもカミーユが言う通りに流れるイメージしてるんだけどな…4回に1回の失敗って、学院のテストの時はうまく行ったからバレなかったけど、実戦じゃあ命とりだよね…」
「うん、まあ入所したら先輩たちから学ぶことも多いだろうし、焦ること無いんじゃない?」
「そうだね、ダンジョン潜るのも、もっと経験積んでからにするよ、やっぱり」
「うん、多分巻き込まれる僕としてはそうしてもらえるとありがたいかな。僕はそんなに武闘派じゃないんだからね」
そんな話をした数年後には、僕は自分がダンジョンに潜っていることになっているなんて、思いもよらなかったのだった。




