15魔術学院~第5学年 魔術研究所の研修生その1
所長は、クロード・バルドーという名前で、バルドー伯爵なのに領地は弟に任せ、研究所で働いている、というのが数日で分かった情報だった。
爵位を弟に譲るでもなく、領地経営の実務は弟にさせて、自分は王都。
40歳にもなって独身で、伯爵夫人の座を狙う女性職員に悩まされているらしい。
まあ、僕らには関係ないし。
「所長、これって処分してもいいやつですか?」
ロザリーの声に顔を上げると、所長が入ってきたところだった。
ここ数日、僕とロザリーに言い渡された仕事は、所長室の整理だ。
床と机の上、所狭しと書類や資料、本が積まれている。
本来はここで執務をするはずなのに、物置部屋と化していて、所長の執務机は、今は一般の研究員と同じフロアにある。
書類や資料の整理は、基本的に、内容ごとに分別し、さらに日付順にファイリングして、別室に運ぶ、というものだ。
今、新たな棟を建築中だとかで、そうなれば資料室や会議室、作業室を増やせるのだ、と所長が嬉しそうに言っていた。
基本的にロザリーと二人きりで黙々と作業をしているのだけど、たまに判断に困るものが出てくる。
それがさっき処分するかを確認した…おそらくラブレター。
書類の間から出てきたあたり、受け取ったのは昨年と推測されるのに、未開封だ。
可愛らしいピンクの地に花が描かれた可愛らしい封筒に入っている。差出人はもちろん女性名。覚えておくつもりもないけど、一応確認はした。
あとは飲食店からの請求書とか、判断に困るものはひとまとめにしてある。
そして、今みたいに所長が様子を見に来てくれた時に確認をするのだ。
「おー今日もはかどってるね…」
そういいながらラブレターの差出人の名前をちらっとみて、未開封のまま処分するものを入れる箱に捨てている。モテる男っていうのはこういうものなのか…。
僕宛の手紙は、実家にいたときはもちろん執事たちが目を通して、僕が読むべきと判断されたものだけが僕のもとに届いていたし、学院でもブノアがチェックしてくれている。
僕は基本的に家族とヴィリエ家関係者以外からの手紙も、手紙鳥も、受け取らない。
だから、ラブレターなどは現実には受け取ったことがないのだけど、良く知らない人間からそういうものを送られる恐怖だけは想像ができた。
でも、自分は受け取ってしまったものを開封もせずに捨てられるほどの強さがあるだろうか…。
うん、勉強になるな、今後も受け取り拒否でいこう、と決心を強める。
飲食店からの請求書は数カ月前のもので、あ!これはまずいな…と青くなっている。
きっと踏み倒した状態になっているのだろう。
本来はこの部屋に持ってくるべきではないものが、何かに挟まってここに眠っていたらしい。
「所長、これはこっちの資料と内容が重なっていますが…」
僕はうつむいていたためにずり下がっていた眼鏡を押し上げながら、顔をあげて所長を見た。
目が合った所長が眉をひそめたので、何か問題があるのか?と自分の服装を見て、手に持った資料を見て、もう一度所長を見た。
「ううーん?オスマン家の血に精霊や妖精の話は聞いたことないしな…カミーユ、お前の母親は『妖精姫』だったよな?うん、彼女はちゃんと人間なんだよなぁ…なにがどうしたらこうなるんだか…」
妖精姫というのは、母親のエマの若い頃の二つ名だ。今は、妹のセリーヌが母からその名前を継いでいる。
「いや、ガストン先輩にカミーユのことを頼む、と言われたんだが…その膨大な魔力量では太ることもないだろうし、ガストン先輩見ててもハゲそうもないしな…うーむ、難しいもんだな」
ガストンというのは父の名前だ。こちらは仕事の話をしたのに、なんだこの会話の噛み合わなさぶり。
そして…。
「ハゲそうもない…?」
思わず頭のてっぺんを触って、髪があるかを確かめてしまった。
うん、ある。ハゲてない。
「まあ、この職場は男女比は断然男が多いから、対処すべきは数人だと思うが、毎年、こういうことが起きるんだ。まあ面倒くさい。そのうち適当なところに落ち着いてくれるのだが、そうなるまでがなあ」とさっき捨てたラブレターにちらり、と視線をやる。
「ははあ、なるほど、カミーユが結婚相手として狙われるという話ですかー。確かに、ハゲてデブだったらもう少し人気はおちそうですけどね」
「なんで10代でハゲなくちゃならないんだよ!」
所長と並んで、腕を組んで、けけけ、と笑って僕を見ているロザリーだって、ヴィリエ狙いの男がどれだけ群がってきそうなものか分かってないじゃないか!…と言ってやりたいが、ぐ、と黙る。
そういう話をしようとすると、ロザリーはものすごく嫌そうな顔をするのだ。
「ベルナール・ヴィリエ創作の魔法に、君たち二人で改良を加えたその魔法は本当に素晴らしいのだがね、ちょいと足りない。…カミーユ、春までにものすごく性格が悪くなるとかはどうだい?」
「…どうやって…」
「所長、カミーユってこう見えて、ものすごく性格は不器用なんですよ。手先は器用ですけど。嫌な奴の演技させるとか無理ですよ?イライラしたときに私とか侍従さんに当たったあと、自分が私達に八つ当たりしたことにダメージ受けて、また落ち込むんですから、無理無理」
確かにその通りだったので、カッと顔が熱くなる。きっと赤くなっているに違いない。
「あーーーーーー。こりゃあダメだ。どうしよう。採用しちゃったもんなあ。男からも守らないとダメかもしれん。先輩にやっぱ無理ですって言おうかな」
「所長、さっきから本当に何なんですか?からかうおつもりでしたらもうやめてください」
キッと所長を睨むと、所長がため息をつく。
「なあ、ロザリー、お前はあいつがその魔法使う前から見てるだろ?あのちょっと赤い顔で睨んでくるメガネ男子とか、女子的にどうよ」
「ああ、私にはなんとも、ですけど、級友たちなら腰が砕けて動けなくなるでしょうねぇ。魔法かけてなかったら、きっと失神者が大量にでます。学院でもそうでしたから」
「腰砕け?失神?」
何のことだと首を傾げる。




