9父侯爵の憂鬱と希望の光 後編
カミーユの父、ガストンさん視点の続きです。
ヴィリエ家というのは、有史以来この地にいた一族であり、そのころから強大な魔力をもっていて、その『力』でこの地を治めていた。
そもそもヴィリエの始まりは、この世界を創造した神に仕えていた神獣だと言われている。
どこまで本当かは確かめようもないけれど、神よりこの地と『人の姿』を与えられ、人を娶ったのが始まりだ、と最古の神殿の石碑に記されている。
そして、どういういきさつがあったのかは知る由もないが、この地へ流れてきた現在の王族の始祖となった者へ、ヴィリエは自分たちの民と土地を譲り、その代わりに自分たち一族に対しての保護をもちかけ…無血での国譲りがなされた。
王の始祖が攻め入ったでもなく、どちらかというと、この地を訪れた人物を見込んで、ヴィリエ側から譲ろうという働きかけがあったことになっている。
古文書の建国記ではもったいぶって書かれているが、端的に言うとそれが2千年前ほどに起こったことだ。
嘘か本当か確かめようもないけれど。
なので今、この国の貴族に魔力があるのは、全てヴィリエに起因している。
流れてきた、後に王国の始祖となった建国王は、色々な面では優れてはいたらしいものの、ごく普通の人間で、魔力は無かったのだ。
他国にはごく稀にしかいない魔力持ちが、この国には掃いて捨てるほどいる、つまりは貴族全員が魔力持ちなのも、この国の貴族の祖先にヴィリエの血が入っていることが理由なのだ。
なので、魔力のあるものはヴィリエの末裔であり、必ず貴族でなくてはならない。
それがヴィリエと建国王が交わした約束であるから。
…この辺りのことは、学院の一年生の時に国史の一部として教えられることだ。
魔力を持つ者は全てヴィリエと関りがあるが、ヴィリエの家名を名乗るのは、その本家の一家だけだ。
次男以降は別の家名を名乗って独立するか、婿養子となる。
なので、ヴィリエの名はこの国の者にとっては特別であり、ヴィリエだけは王家にすらかしずくことはないのだ。
ベルナール先輩は黒髪に金目のヴィリエの一族の特徴をしっかり持っているが、その色合いは本家に近い分家筋に生まれることも多くあるため、見た目ではジゼルは気がつけなかったのだろう。
その黒髪金目の見た目と…ヴィリエが金勘定に無頓着で貧乏がちであることも、面倒くさがりな気質であることも、セットで有名だ。
私は歴史に関することが好きで、個人的にヴィリエについての書籍などを読み漁っているので、普通よりもヴィリエについては詳しい。
そして、私のようにヴィリエとこの国の興りを深く学んだり研究したものは、きっとヴィリエが国を治めるのが面倒くさくなったんだろうな…と一度は遠い目をすることになる。
それほどまでに、ヴィリエは興味の無いことには無頓着なのだ。
ベルナール先輩は、裸じゃなければいいんだろ、とでもいうように、3セットくらいの服を着回し、ぼさぼさの髪と猫背で…。
まあ、不潔にしてはいないのだが…。
うん。
彼が女の子の家門を気にするなどやっぱりあり得ない。
ジゼルが本当に彼のことが好きなら、アタックだけでもするべきだろう。
ようやく思い出したのだ。
ヴィリエの一族の特徴が本当であるなら、彼ら一族が気にするのは家門などではなく『相性』なのだから!
「…応援するよ。あきらめる前にさ、先輩に君の存在を知ってもらうっていうのはどう?直接話をするようになってから、告白するにしろ、あきらめるにしろ、決めたらいいんじゃない?」
私の言葉に、目を丸くして、それからぱっと表情を明るくして…「そうします!」そういって笑ったジゼルの顔はとっても可愛らしかった。
ふと、学生時代、級友と先輩の仲を取り持つきっかけとなった出来事を、何年ぶりかに思い出し、なつかしさに口元がほころんだ。
ジゼルはその後、頑張って先輩と知り合いになり、幸いにして相性は悪くなかったようで、卒業までには先輩の心をつかみ取り、今ではヴィリエ男爵夫人だ。
そして、ベルナール先輩は、ジゼルを励まして陰で力になった私の存在に気付いていたし、忘れなかった。
なので、カミーユが生まれてから、何度親身に相談に乗ってくれたか分からない。
そしてカミーユに妖精の呪い…いや本来は祝福らしいが…がかかっていることを突き止めてくれたのも先輩だ。
ヴィリエである先輩以外から『妖精』なんていう単語が出たら、疑ってかかっただろうけど、すんなりと信用できた。
それに、僕らが認知できないだけで、妖精はいる、というのは魔術師の塔の研究者の間ではもう常識らしい。
私達にとってはまだ空想上の不思議な存在、という印象なのに…。
カミーユが成長するにつれて状況も変わるために、もらったアドバイスでの対応もしばらくすると効果がなくなったりして、苦労は絶えることは無かったけれど、お陰で絶望はせずに済んだ。
学院入学前に、改めてカミーユにかかっている呪いからくる魅了の精査をしてくれたのも先輩だった。
学院に『魅了の術は使ってはいないが、魅了に対抗する魔法は有効なので教職員は全員その魔法をかけるかその効果のある魔道具を携帯すること』を、カミーユが入学する前に学院に提言してくれたのも先輩だった。
忖度を伴わないヴィリエの発言を無視できるものはいない。
先輩の指導のもとに作った高価な魅了に抵抗する魔道具を、全教職員分、我が家で用意したのもあり、学院側は対応をしてくれた。
学院にかかわる教職員が『大丈夫』でなければ、『よほどの理由』で学院に通わせないことを視野に入れていただけに、学院側が対応してくれたことには、寮の特別室を押さえられたことと併せて、安堵したものだ。
そして、その魅了に抵抗する魔道具は、我が家の使用人の一部にも持たせることになり、カミーユはようやく身近な大人を警戒する必要が無くなった。
ただ、さすがに高価なもので、それが高価な理由は材料に手に入りにくい希少なものがあったためでもあり、学院の学生たちにまで配ることは出来なかった。
学生同士ではどのようなトラブルになるか、…ある程度は覚悟をしていた。
ランドルも兄として学院では最大限の尽力をしてくれていたので、心の中で息子達二人に詫びつつも、それも人生経験だから、と学院に送り出した。
そして、先輩とジゼルの間の末っ子がカミーユと同じ歳であることは知っていたが、入学早々にお互いにとっての大切な友人となるなどは、想像していなかった。
ブノアからの報告で、入学式の日に『大丈夫』な子とカミーユが友達になり、その子がヴィリエであると知ったときには、本当に驚いたものだ。
まあ、ヴィリエであれば魅了に影響されないのは頷ける、というか当然だろうから、『大丈夫』であるのも当たり前だが、気が合うかどうかは当人同士の問題だからだ。
私はこれらの詳しい話をカミーユにしたことはない。
ジゼルも学院で私と同学年だったことくらいは話すかもしれないが、親の世代は親の世代、子は子の世代で交友関係を築くのが、この国の風習でもある。
家族ぐるみでの付き合いをする者達もいなくはないが…。
それでも、カミーユが先輩の家に滞在するたびに、先輩は気付かれないようにひっそりとカミーユにかかっている呪いに異常がないか調べてくれていた。
そして、ヴィリエ家の使用人はヴィリエの分家の者達なので、カミーユの魅了に抵抗でき、つまりは全員が『大丈夫』な者達であった。
そのため、カミーユは他人の家だというのに自宅よりも安心しきった無邪気な様子をみせる、ということまで教えてくれたりした。
自宅である城にいるときは、無口で表情の変わりにくい、聞き分けもいいカミーユが、先輩の家では顔を赤くして怒ったり、ゲームに負けて泣きそうになったり、涙を流すほどお腹を抱えて笑っているなどと聞かされると、父親の自分も見ていない姿に、複雑な気持ちになる。
さて。
今回の分厚い手紙は、一体どんな内容か…。
読み進めるうちに、手が震えだした。
すぐに手紙の整理をやめて、カミーユに手紙を書いた。
先輩がひねり出してくれた魔法。
これはカミーユの人生を変えてくれるかもしれない。
希望を胸に、手紙鳥を飛ばした。
祈りを込めて。




