5兄の憂鬱~ランドル視点
ランドルはカミーユのお兄さんです。
侯爵家の魔性の子、と社交界デビューまでまだ何年もあるというのに、陰で囁かれている我が弟。
俺に何かあったときには、お前が家を継がねばならないのだから、しっかりしろ、と言っていたのは、自分もまだ幼かったからだろう。
病弱で、体が小さく、華奢な女の子にしか見えないが、カミーユは聡明で、弟が領主となれば父や自分とは違う形で領地をしっかり治めていくだろう、と今では思うようになっている。
生まれたばかりの赤子のときから、独特の雰囲気を持つ、美しい子だった。
カミーユが生まれたのは自分が3歳の時のことだったが、鮮明に覚えている。
何しろ、これこそが天使なのか、と思ったのだから。
俺や妹には乳母がついて育ててくれたが、カミーユは、母自らが育てていた。
それは、カミーユが生まれて間もない時に、乳母として雇い入れた女が、カミーユを連れて隣国に逃げようとした事件があったせいらしい。
俺は幼すぎて覚えていないが、その時は領軍まで出して、なんとか国外に出る前に取り戻せたそうだ。
捕まえた乳母の女が、私はカミーユ様と幸せになるのです、とかなんとか尋常じゃない目つきで言っていたので、雇い入れてから精神病を発症したのだろう、ということになったのだそうだ。
でも、それはカミーユをとりまく事件の、最初の一件にしか過ぎなかった。
カミーユが生まれるまでは何の問題もなく働いていた使用人たちが、次から次へと犯罪者になっていくのだ。
軽いものでいくと、カミーユが使った毛布やハンカチ、タオルといったものが、いつの間にかなくなる。
使用人が盗み、自室に隠し持つのだ。
中程度だと、深夜にカミーユの部屋に忍び込み、寝ているカミーユを眺めたり、撫でたり、舐めたりする。
そして、本来なら解雇やむなし、の誘拐未遂は、またか、のレベルで起こるようになった。
長らく勤めて家を支えてくれている使用人をクビにして、すぐに使える程度の能力を持つ新しい者を雇い入れる、というのは、実は難しい。
侯爵家で働くからには、事前に身元や素行の調査は必須であり、それには時間もお金もかかるのだ。
なので、誘拐『未遂』であるならば、配置換えをして、カミーユから遠ざける、という手を打つしかなかった。
そしてこれらは、カミーユが生まれたときから今日現在まで続いていることなのだ。
そのうち、父や母は、カミーユの周りにおいていい使用人の簡単な見分け方に気が付いた。
仕事ぶりや気質から選ぶのではなく、カミーユと同じ部屋に居させて、至近距離でカミーユのことを見られるようにしてやり、その様子を観察するのだ。
最初はなんて事のない顔をしていても、そのうち顔を赤らめたり、カミーユが目をそらしている間中見つめたりし始める。
もちろん、ハアハアしだす奴は論外。
ごくごく少数であったものの、カミーユがものごころつくようになるまでには、なんとか側に仕えさせる『大丈夫』な使用人を見つけ出すことができ、カミーユの心に傷を残すようなことは避けられた。
人外かと思わせる雰囲気のある弟を、俺なりに可愛がっているのだが、俺の誘う遊びだと体力的に厳しいらしく、俺と遊んだ夜は決まって熱を出してしまうので、母上には「どうしたらいいものかしらね」とため息をつかれたものだ。
俺も両親も『大丈夫』だったので、俺が遊んでやらねば!という強い気持ちがあったのを母上は分かってくれてはいたのだ。
そして、カミーユも兄である俺には懐いていた。
でも、大きくなるにつれて、あまりにタイプが違うので、一緒に遊ぶというより、俺が一番身近で守ってやらなくては、に気持ちが変化した。
俺が8歳のころには、忙しい大人の代わりに、誘拐を何度未遂に済ませたか、もう分からないくらいだった。
でもそのお陰で俺が弟を守らなくてはならない、という動機付けがされたので、俺は剣の稽古や護身術には熱心に取り組み、成果を出した。
ある程度大きくなると、カミーユも隣で真面目な顔をして一緒に剣を振っていたり、護身術の実技として抱きつかれそうになったときにどう身をかわすか…などの練習をしたりするようになった。
もちろん実技の相手と指導役は俺だ。
『大丈夫』な俺であっても、細い腕で剣を振るカミーユを見ていると、ああ、危ない、お前はそんなことはしなくていいから、俺が守ってやるから、と口にしそうになり、犯罪者になっていく使用人の気持ちが垣間見えたものだった。
カミーユよりさらに小さい妹も、可愛かったし実際に可愛がったが、なんというか、質が違っていた。
それでも、俺自身が13歳になってからは、全寮制の学院に入学してしまったので、身近で守ってやることが出来なくなった。
だけど、ある意味、常に気にかけていた心配事からは解放されたことにもなり、もともと細かいことをあまり気にしないタイプの俺は、長期休暇で帰った時には気にかける程度で、自分の交友関係を広げ、友人らとバカをやって楽しむ時間が主になっていた。
…が。それももう終わりが来ていた。
カミーユも、学院に入学する年齢になったのだ。
学年末休暇で実家に戻った俺は、入学準備をしている弟に、入寮したらどうふるまうべきかをとことん叩き込んだ。
寮での男どもの悪ふざけは、自分の身でさんざん体験していたし、カミーユの場合はそれ以上のことが起こってしまいそうだった。
両親が特別室をとることが出来た、と報告してきたときは、本当に肩の荷が半分くらいは降りた。
特別室は、そこだけ寮の他の部屋とは行き来できないように隔離された場所にあり、特別室に通じる階段のところには、24時間護衛が立っているのだ。
間違ってもただの一般学生が入り込むことはできない。
俺も一緒に特別室で過ごすことを両親は勧めてくれたけど、危惧していたことの大半はクリアできたので、俺は俺なりの時間も欲しかったので、断った。
その代り。
朝食を食べに大食堂に行くときは、俺が部屋まで迎えに行くから、それまで部屋から出ないこと。夕食も同様。
学舎での昼食の時間も、入学してから様子を見て変えてもいいが、基本は俺が迎えに行くまで教室で待機。
俺に用事があっても、絶対に一般寮棟には来ないこと。俺を呼び出すこと。
そしてもちろん、どんな理由があっても、大浴場は使用禁止。そうじゃなかったらどんな犯罪に巻き込まれるかわからないぞ、と本気で脅した。
授業中であっても、深夜寝静まった時間であっても、困ったことが起こったときはすぐに手紙鳥で知らせること、などなど、多岐に渡って約束をさせた。
カミーユは良く分かっていないようながらも、素直に頷いていたが、男子寮には、ある程度の同性愛者がまぎれているのだ。
体も心も男で、のびのびと学院生活を楽しんでいるのに、アレの対象だけが同性であるやつらを見つけ出すのは難しい。
そんな寮内をカミーユが歩くだなんて、肉食獣の前を、走ることもできないウサギが歩いているようなものだ。
さらに、カミーユが相手だと、そのケがなかったやつらも目覚めてしまう可能性が高かった。
持ち込める荷物が多い分、早めに入寮することになったカミーユに合わせて、まだ新学期までかなり日数のあるうちから学院に戻った俺は、寮で暮らす人がほとんどいないうちに、カミーユを連れて男子寮の中を一通り見せて回ってやった。
来てはいけない、と釘は刺したが、本来学院卒業生であるなら皆知っている場所を知らないまま卒業させるのはかわいそうだったから。
大浴場などは、一人で入浴する方法しか知らないカミーユには新鮮だったようで、施設の偉い人に頼んで、短時間貸し切りにしてもらって、兄弟二人だけで入浴したりもした。
すごくはしゃいでいる弟が、可愛いのだけど、不憫だった。
もう少し顔でも体つきでも持っている雰囲気でも…何かが残念であれば、こんなことにはならなかったのに。
普通に男同士でバカをやって、笑い合う学生生活が送れたのに…。
カミーユがどう思うかは分からないが、せめて俺はそれを謳歌する姿をカミーユに見せよう、そう思った。
そして、それを体験できない弟に、話だけでも聞かせてやろう、と。
大勢の同じ歳の子どもたちと触れ合ったことすらない弟のことが心配で、夜もあまり眠れなかった俺は、入学式の日うちに、また肩の荷を下ろすことになった。
ロザリーという『大丈夫』な少女の存在。
しかも、その子はヴィリエだという。
いい意味で予想外のことが起こった奇跡に、その夜カミーユ付きの侍従ブノアと、ひっそりお茶で祝杯をあげたのだった。
明日から、一日4話更新から3話更新になります。




