4魔術学院~第一学年 初めての定期テスト
「ねえ!カミーユってオスマン侯爵家の魔性の子って言われてるんだってね!」
春に入学して夏になり、最初の夏季休暇は実家に帰って何事もなく過ぎ、僕は14歳になっていた。
今は、秋と学年末の年に二回しかない、入学して初めての定期テストに向けて、放課後、教室で机をくっつけてロザリーと一緒に勉強をしていたところだ。
図書室や談話室は先輩たちであふれていて、1年生である僕らでは席の確保は難しかった。
ちなみに僕らが教室で勉強をするようになったら、別のクラスの子達までが同じ教室で勉強をしているふりをして、僕らを眺めるようになった。
…僕らを見てないでちゃんと勉強すればいいのに。
ぱっちりとした丸い目と小さめのぽてっとした赤い唇、くるくると変わる表情…。
ロザリーは綺麗系ではないものの、かなり可愛い美少女だった。
でも、綺麗系美女の姉をもち、自らの好みも綺麗系の顔のために、自分は不細工だと思い込んでいるロザリーと、家族と自分とを見慣れているせいで、美男美女に対する評価の基準が著しくおかしなことになっていて、自らの美少年ぶりに全く気が付いていないカミーユは、なぜ他人が自分たちへ視線を向けてくるのか、常々謎に思っていた。
以前、「みんなが私たちを見てくるのは気のせいじゃないよね」とロザリーにひそひそと言われた時には、「僕は物心ついた頃からなぜか皆に見られてきたから、僕のせいかも、ごめんね」と謝ったものだ。
そんな中、問題集の一単元分を終えて、一息ついたらしいロザリーが先程の爆弾発言を落としてきた。
「……誰に聞いたの…」
魔性の子と言われているらしいことは、前から知っていた。
それが、みんなの視線を集めてしまっている理由であるだろうことも推測はしている。
「ふふん、内緒。なんか、かっこいいねえ、強そう!」
…ロザリーって前から少し思っていたけど、少々おバカかもしれない。勉強はできるけど。
『魔性の子』って誉め言葉のわけがないじゃないか。
「魔術に特化した、魔術の申し子、みたいな感じよね?」
「違うよ。魔物のように人を惑わす子ども、っていう意味だよ。もう少し世の中のこと知った方が良いんじゃない?魔術書ばっかり読んでないでさ」
間髪を入れずに否定をして、正しい知識に矯正してやる。
ロザリーと一緒にいるときは、俯かなくてもいいし、素をさらけ出せる。
そのせいか、半年前まで無口だった自分がウソのように、ロザリーのテンポに合わせて僕の口からも言葉が出ていく。
「うぬぅー、魔術書を読むのは趣味だもの!やめられないわ」
「うん、別にやめなくてもいいから、他も読めってことだけど」
「あ、そうそう、テスト終わったら、お父様が魔物辞典を送ってくれるって!楽しみぃー!で、それって、魔術書じゃないよねっ」
「そーゆーのを屁理屈っていうんだよ」
「そんなこと言うと、貸してあげないよ?魔物辞典、学校の図書室にないの知ってるでしょ」
「うー、わかったよ、ごめん、テスト終わったらその本僕にも見せてください」
「うん、約束ね!そういや、テスト終わりの休暇の時ってカミーユどうするの?」
「兄さんは友達の家に泊りがけで遊びに行くみたいだけど、僕は寮で過ごすかなぁ。テスト休みは五日間しかないのに、家に帰るのに二日かかるから、一日しかいられないでしょ。そんなのただ疲れに行くだけだし」
「へえ、お兄さんはお友達のところに行くの?だったら、カミーユもうちにおいでよ!うち貧乏だからびっくりするかもしれないけど、王都内に家あるんだから。嫌だったら寮に帰ればいいんじゃない?」
「え?いいの?」
「うん。きっと家族のみんな、私の友達に会うのを楽しみにしてくれると思うよ」
友達の家に遊びに行く。
これも人生で初めての経験になる。だって、友達、といえる存在は、ロザリーが初めてなのだから。
にわかに楽しみになって、浮かれてしまった僕は、ある教科で一か所間違ってしまい、全て満点のロザリーについでの二位となった。
まあ、それが分かったのはテスト休暇明けだったんだけど。
テスト休暇ですごしたヴィリエ家は居心地が良くて、いかにもロザリーの実家、という感じがした。
そして、ヴィリエ家の人達は、使用人を含めて全員『大丈夫』な人たちだった。
それに、ロザリーのお父さんは、たまに父を訪ねてくる人で、僕も何度か会ったことがある人だった。
紹介してもらった時もあいさつした時も名前しか名乗らなかったので、ヴィリエという家名を聞いたことがなくて、家にお邪魔するまでロザリーとつながらなかった。
それにロザリーとは似ていなかったし。
ロザリーにはものすごく美人なお姉さんがいて、近々結婚を控えて花嫁修業中、とのことだったけど、そのお姉さんが、ロザリーやロザリーのお兄さんのアルセーヌ君のことをすごくかわいがっていて。
僕も妹のことを少し可愛がってあげようかな、という気持ちになるほどだった。
そしてついでに僕のことも、滞在中は可愛がってくれた。
でも、僕が男の子だって分かってるのに、ロザリーのお下がりのよそ行きのドレスを着せられたときは、さすがに帰ろうかな、と思った。
僕はまだロザリーより体が小さかった。
だけどキラキラと目を輝かせて、可愛い、似合う、と興奮する姉妹を前に、遠い目をしてあきらめの境地になった。
アルセーヌ君が可哀想なものを見る目で僕を見てくるので、どうか見ないで…いや、助けてくださいと目で訴えたら、分かってくれたようで、ときどきチェスに誘ってくれたりして僕を救ってくれた。
それから、ヴィリエ家の家族団らんに衝撃を受けた。
僕の実家だって両親は仲がいいし、家族の仲は悪くない。
でも、どうしたって父上は不在がちで。
毎日同じような時間に父親が帰ってきて、毎晩一緒に夕食がとれて、何でもない話をして笑い合うのがこんなに楽しいなんて知らなかった。
この、小さいテーブルがいいのかもしれない。
僕も将来は家族とこういう小さいテーブルを囲んでご飯を食べることにしよう。
14歳の僕はそう心に誓ったのだった。
1年生の授業は僕らにとっては簡単すぎて、授業中に魔術書をロザリーと回し読みして先生に見つかって叱られたりしているうちに、過ぎていった。
本来一年生が読むようなものではないものを読んでいる僕らを、先生たちも表面上は叱るのだけど…何しろ授業中に他のことをしているのだから当然のことではある…、飛び級制度がなくて申し訳ないな、と陰ではすまながってくれたりした。
そして、秋から冬にかけての後期は、僕は相変わらずの病弱が出て、かなり休むことになった。
一度熱が出てしまうと、4日か5日は熱が下がらない。そして、熱が下がっても、咳が残ったりしていて、ブノアからベッドから出る許しが出なかった。
ようやく起きられるようになると、今度は寝込んでいて体重も体力が落ちてしまっていて、やっぱりブノアが授業に出ることを許すまでに、1日か2日はかかるのだ。
そうして、長く休んで久しぶりに教室に顔を出すと、ロザリーがぱあっと顔を輝かせて、僕が元気になったことを喜んでくれる。
このロザリーの笑顔があるから、早く治って、授業を受けたい、と思えた。
そんな感じだったので…。
学年末の試験では、テスト期間中風邪をひいてしまって、実技の技を出す瞬間にくしゃみをしてしまって、減点されてしまった。
そのせいで、またしても一番を逃しただろう、と思った。
学年末テストのテスト休暇は学年末休暇と混じっていて、テスト最終日がそのままその学年の最終日だった。
テスト結果は実家に郵送で送られてくる。
学年末休暇は三週間ほどの休みだったけど、最初の数日はロザリーの招待を受けて、ヴィリエ家にとどまり、ロザリーが一番だった結果を見届けてから、実家に帰った。
僕はやっぱり二番だった。
これでロザリーは第2学年でも奨学生となって、授業料は免除だ。
ロザリーの家は実際裕福ではなく、アルセーヌ君とロザリーの学費は、お姉さんの婚約者が支援していると知ってしまっていた。
それもあって、ロザリーが一番なのだったらそんなに悔しくないかな、なんて思えてしまったのだった。




