1プロローグ~カミーユの生い立ち
誰の視点でもない、説明回です。
カミーユは、裕福な名門オスマン侯爵家の次男として生まれた。
三歳上の兄ランドルと、三歳下の妹セリーヌに挟まれ、嫡男として厳格かつ大切に育てられるでもないし、末っ子として甘やかされるでもなかった。
でも、その生まれ持った特徴のせいで…『腫物を扱うようにされる』…そんな環境で育った。
オスマン侯爵家はかなり広い領地を持ち、さらには複数の爵位持ちでもあったため、治める領地も複数で、それらの領主である父ガストンは、各領地を回っていることも多く、家にのんびりといるところなどほとんど見ることはなかった。
でもその真面目な統治ぶりにより、領主としての評判は良く、いずれの領民にも好かれていた。
母エマは、伯爵家の次女で実家の領民からは妖精姫と呼ばれていた。
政略結婚で侯爵家に嫁ぐことになり、でも結婚式で初めて顔を合わせた夫に一目ぼれをして、今現在も二人は仲睦まじい。
今でも盗賊などがでると先頭に立って魔法や剣を振るって民を守る、屈強な体で美丈夫と表現できる父と、妖精姫と呼ばれていた独特な儚げな印象の母との間に生まれた子供たちは、それぞれの特徴を引き継いだ。
長男ランドルは、父に生き写しのように体格も良く、剣を持たせても安心であり、気質も領主向きな、理想の嫡男だった。
末っ子のセリーヌも、母の儚げな印象そのままに、若干気が強いながらも愛らしく育っていた。
そして。
真ん中のカミーユは、華奢な、母譲りの儚さをもった美少年だった。
幼い頃から、その大きな緑の目で見つめられると、倒錯の世界へご案内、という容姿を持ち、それでいてそのことに本人は全く気付いていない、という息子に、両親は頭を悩ませていた。
カミーユの周囲の人間が、まるで魅了の魔法でもかけられたかのようになってしまうので、耐性のある一部の使用人と家族のみ、という狭い交友関係しか築けない息子が不憫でもあり、心配でもあった。
無意識のうちに、本当に魅了をかけているのではないか、と、まだ赤ん坊のうちに本格的に調べてみたとき、結果としてその事実はないことが証明された。
その代わりに、もっと大変なことが判明した。
妖精の呪いが生まれながらにかかっており、妖精に出会った人間が妖精に魅入られるのと同様に、単純に容姿、その見た目で周囲を魅了していることが分かったのだ。
その呪いの内容というのも、『見た目がどんなときにも美しくある』というもの。
どうして妖精からの呪いを受けることになったのか分からず、ヒトならざるものからの呪いであるために、解呪も難しかった。
でも。
『呪い』と『祝福』は受け取り方の違いという考え方もできる。
『腐敗』と『発酵』が同じ現象であるのに、人に有益な結果をもたらせば『発酵』と呼ばれるのと同様だ。
なので、呪いではなく、本来は妖精からの祝福なのではないか、という結論になった。
妖精が、赤ん坊が生まれるときに祝福を授けることは、ごく稀にだけれどもあることだったし、ヒトというのは美しくあることを願う者は多い。
なので、妖精が良かれと思って授けた祝福である可能性はとても高い、と推測されることになった。
ただ…妖精とヒトの感覚はかなり違っている。
その感覚の違いを鑑みず、妖精たちの目から見ても常に美しくあるほどの祝福を授けたもの、と思われた。
それが、ヒトにとっては魅了を引き起こすほどである、と気づかずに。
カミーユの場合は、その、『美しくある』ことによって日常生活に困難をきたしていたので、やはり呪いとしか思えなかった。
そのため、両親はその呪いを抱えて一生生きていかねばならぬ息子に、その事実を伝えるのは大きくなってからになってからにすることにした。
ただでさえ生き辛い息子に、これ以上何かを抱え込ませることは避けたかったのだ。
単純な美しさによるものではあるものの、呪いというか祝福というか、が絡むせいか、精神耐性の高い者や、カミーユよりも魔力量の多いものは、魅了から逃れられやすいことはわかった。
でも、保有魔力量がカミーユより多い者でも、美しい者に弱い者は魅了してしまうため、カミーユと普通に接することのできる人間は一握りだった。
試しに、仮面をつけて顔を隠してみたこともあったのだけど、『どんなときも美しくある』という祝福というか呪いは強力で、仮面をつけていても結局は周囲が魅了されてしまうことに変りがなかった。
仮面のせいで息苦しかったり蒸れたりとカミーユが辛い思いをするだけだったので、顔を隠す、というのに意味はないことが分かっただけだった。
生まれ持った最大魔力量が多いことは、普通なら喜ばしいことなのに、カミーユに限っては残念なことに、カミーユが生まれ持った最大魔力量はかなり多く、成長とともに使える魔力量は増えていったため、魅了されずに済む者はさらにどんどん減っていった。
そして、カミーユは魔力量が多いだけでなく、勉強もよくできた。
その代わりに体力がなく、病弱だった。
カミーユは10歳の頃には3つ年下の妹にも身長を抜かれるほど体が小さく、魔術学院に入学する13歳になっても、たいして背も伸びず、声変わりもしなかった。
両親は、もともと侯爵位と領地は長男ランドルに継がせるものであるので、カミーユには学院でよく勉強をして、できることなら魔術師の塔を目指すように言い含み、全寮制の学院へと送り出した。
魔術師の塔で、研究者として隠遁生活をさせることが無難に思えたためだ。
学院というのは、貴族の子どもであるならよほどの事情がない限り、13歳から18歳まで通うことを義務付けられている魔術学院、だ。
魔術学院は、数百年の歴史のある国立の学校で、社交界での力関係を持ち込まないよう、家名は極力使わずに過ごし、爵位よりも先輩後輩の上下関係や友人関係を重視する。
うっかり高位貴族であることを鼻にかけて高慢な態度を学院でもとるような者は、交友関係が広がらず、卒業とともに社交界にデビューしてから痛い目にあうこととなる。
友人を作り幅広い交友関係を築く、特別な5年間でもあった。
見た目のせいで、同性も異性も問わずに友人が出来なかった息子を危惧して、両親は金にあかせて、寮の特別室をあてがった。
さすがに王族などには警護も必要なため、寮には特別室が数部屋あるのだ。
基本的に二人部屋である寮なのだけど、特別室は一人部屋として使うこともできる。
王家と公爵家の子どもが使ってまだ部屋に余りがあるときに限り、高位貴族の子どものみ使うことが許されている部屋だ。
幸いにして公爵家の子息が使っていた部屋を、卒業と入れ替わりで使うことが出来ることになった。
長男には一般の二人部屋で過ごさせていたので、残りの二年を兄弟で特別室を使うように両親が勧めても、兄ランドルはルームメイトとの友情をとると言って断り、カミーユは5年間一人で特別室で過ごすことになった。
特別室の場合は侍女や侍従を連れていくことが可能で、両親は屋敷でカミーユ付きだった、ブノアという侍従の青年をそのまま付けて送り出した。
ブノアは、のんびりしていて、魅了もされず、カミーユを崇拝したりもしない者だった。
忠誠を誓ってくれることは有難いが、変に歪んだ感情をもって接する人物などは、そばには置きたくない親心だった。
そして、寮の部屋の整理もついた頃。
入学式が行われ、クラス分けの発表があり、自分のクラスに入って、入り口に張られていた名前と番号の対応表を基に、自分の番号の席に着いたとき。
カミーユは、その少女に出会った。




