25ロザリー編最終話
実家に辻馬車を雇って向かうと、家族と使用人総出で迎えられた。
っていっても両親と兄と使用人二人の全部で五人だけど。
食事中は、なんでか、不自然なまでに当たり障りのない話題で。
もしかしてカミーユがダンジョンに潜ってたことを知ってるけど、知らないことにしてなくちゃいけなくて、困った末なのかもしれない、と思い至った。
国家機密なので、ほとんど知られていないはずだけど、お父様とかは知れる立場にいるのかもしれない。
だって、本当は行ってないと知ってるのに、出向先でのことを聞いても、答えがウソだって分かってるわけだしね。
で、デザートも終わって、カミーユの作るご飯は神がかっているけど、アンヌのつくるご飯も幸せの味だわ、なんて思いながら食後のお茶を飲む。
実家だし、完全に気を抜いていた私は、お父様に目配せを受けたクロードがなにやら書類を持ってきたのに気が付いた。
何だろ?と思っていたら、婚約誓約書で、カミーユとカミーユの両親の名前は既に書きこまれ、お父様とお母様の署名も済んでいて、あとは私が名前を書いて、今日の日付をいれるだけ、になっていた。
「…はあ?」
眉をしかめて、口をぽかんと開けて、われながら不細工をさらしているとは思ったけど。
だって、カミーユって一昨日までダンジョンにいて、結婚を承諾したのって、つい数時間前だけど?
カミーユの両親から署名貰うには、往復でも4、5日はかかるはず。
こういう大事な書類って、手紙鳥のように魔法で送ったりできないようになっているから。
「ほら。ロザリーさっさと署名なさいな」
お母様からのにっこりとした威圧に、幼い頃からの条件反射で思わず背筋を伸ばして、ささっと署名をしてから顔を上げると、カミーユは涼しい顔をしてお茶を飲んでいるし、お父様はなんでかうんうん頷いてるし、お兄様は悔し気だし、クロードとアンヌは涙を拭いている。
私が署名を終えたのを確認したクロードはさっと書類をお父様のところに運び、お父様は日付を記入した。
日付の記入が終わった途端、紙が一瞬青く光った。
一応私も知っている。
青く光るのって、婚約誓約書がきちんと受理された証で、今この瞬間に貴族院に、これと同じ内容の複製が出来ているはず。
後日、原本を貴族院に持って行って、複製を私達が貰い受け、そのときに今度は婚姻誓約書も受け取れる。
法的には10日間、婚約期間をおいて、その間にその婚約に対しての異議を申し立てる者がいなければ、婚姻誓約書を提出することが出来る。
まあ。でも普通の高位貴族って、婚約から結婚まで一年以上あけることが多い。
お姉様の時は、まだ幼くてこんな場に立ち会っていなかったから、初めて見たので少し驚いてしまった。
青く光るって本当だったんだー、とか、貧乏男爵家の娘との婚約、ほんとに成立するんだー、とか…。
カミーユが、まじまじとお父様の手元の誓約書を見ていた私を見て、それからその場にいる面々の顔を見回して、ふいにニコッと笑うと、「では、これからはお義父さん、お義母さん、お義兄さん、と呼んでも?」と口にした。
お母様は嬉しそうに頷き、お父様も少し動揺しながらも頷き。お兄様は嫌そうな顔をした。
「アルセーヌ義兄さん、何か?」
カミーユがにっこりとしたんだけど、私の見たことのない顔でびっくりした。
私が普段見てるカミーユの笑顔ってこんなじゃないけど?
「いや、なんでもない、これから長い付き合いだ、よろしくな」
「ロザリーの事、よろしくお願いしますね」
「くれぐれも頼んだぞ」
お兄様、お母様、お父様からの言葉を受けて、「はい、ロザリーを思う存分甘やかして、一生共に幸せに過ごします 」とカミーユが返したものだから、私は飲みかけていたお茶を、噴きだした。
あらあら、とアンヌが顔やらなんやらぬぐってくれたけど。
今の何?
一瞬、お茶じゃなくて砂糖を口に詰め込まれたかと…。
その後、カミーユとお父様はお父様の書斎で『今後』の打ち合わせをして、私はその間にお風呂に入った。
お茶がかかったワンピースドレスはすぐに染み抜きしないといけないしね。
で、泊っていったら?というお母様の勧めを固辞して、カミーユが帰るというので、私はどっちでもよかったけど明日仕事なことを考えたら、帰ることにした。
カミーユは一週間も休みなんだよ。まあ二カ月休みなかったんだからそれでも少ないくらいだけどね。
帰りはクロードが馬車を出してくれたので、ありがたく送ってもらう。
馬車で二人きりになって、早速カミーユの腕をつつく。
「あの誓約書、どういうこと?」
「どういうことって何が?」
「今日の私の返事を聞いてから用意したものじゃないでしょ!」
「そうだけど?」
「だからどういうこと?」
「えーと。僕、同居を始めたときから、君のご両親に、ロザリーと結婚させてくださいってお願いしてたんだ。だけど、最終的にはロザリーが決めることだからって言われ続けていて。でも、そのときに、君の父上と色々約束を交わしてね、この誓約書も用意したんだ。だから、もう何カ月も前にはあそこまで出来上がってて、今日ようやく完成したって流れかな」
「あなたのご両親はどう思ってるの?どこの馬の骨ともわからない私のこと反対なさっているから、顔合わせもしていないんじゃないの?」
「バカだなあ、君はヴィリエなんだよ?馬の骨なわけないじゃないか。むしろ僕が玉の輿なんだよ?それにね、学院生時代にうちの両親は君とは数度話をしているよ」
「…そうだった、ご挨拶したことあった…お母様が妖精のルーツだったっけ…それにしても、実家の誰からもカミーユがそんな前から申し込みしてただなんて話、聞いてなかったけど…」
「うん、だって君が承諾してくれるまで意味もないことだし、誓約書も出番のないものだったしね。僕の予想ではもうあと一年くらいかかるかと思ってたんだけど、ダンジョン行きのおかげで随分早まった」
「あの。私が絶対に受け入れないっていうパターンがあること、思いつかなかったの?」
「うん。だって君は食いしん坊だから。僕のご飯なしでこの先、生きていけるの?」
「ぐ…」
「あと一年くらいかけて、僕のご飯に散々慣れたところで、結婚してくれないともうご飯作らないから、って脅す予定だった」
「今!!脅すって言った!」
「ご飯作らないって言うことが脅しになるのって、君くらいでしょ?他の人に、『ご飯作らないって脅された』って言ったところで、のろけか、って思われるのが関の山じゃない?」
「ぐぅ…」
殴るよ、蹴るよ、殺すよ、云々なら脅しとして誰もが認めるだろう。でも、もうご飯作らないよ、は確かに痴話喧嘩にしか聞こえない…。
「うう…じゃあ、責任とって、一生美味しいもの食べさせてね?」
「もちろん。どっちの口にもお腹いっぱい食べさせてあげるから」
「…?私、口は一つだけど?」
「うん、そうだよね、言い間違えた」
何かダンジョンから戻ってきたカミーユが、時々こうして見たことない表情をするのが…何だか…背中にぞくっとしたものが走るんだけど…ダンジョンの後遺症かな、ゆっくり休めば落ち着くかな?
そして、それから一か月後。法的にはなんら問題ないのは分かってるんだけど。
いつの間にか作られていた、カミーユの好みで作られた婚礼衣装に身を包み、私は王都にある由緒ある神殿で、結婚式を挙げていた。
…早くない?
私が断らないって見越して同居と同時にドレス作りはじめるとか、用意周到過ぎない?
あれ?
なんか、美味しいご飯作ってくれて、家事もしてくれる素敵な同居人を手に入れた!って思ってたけど…なんだろう、じわじわと罠にかかって逃げられなくなったような気分になっているのは…マリッジブルーってやつだよね?
気のせいだよね????
お兄様がうれし泣きじゃなくて、うっすら嘆いているように見えるのも、カミーユのご両親とお義兄様や義妹ちゃんが、ものすごくうれし泣き全開なのと対照的に見えるのも、気のせいだよ…ね?
お姉様はお母様と一緒にホッとしたような顔をしてくれていて、お父様は相変わらず複雑そうな顔をしている。
お義兄様はシャルルを抱いて、ニコニコとやけに嬉しそうだ。シャルルは子供用の礼服を着て、相変わらず天使。
…うん、やっぱり気のせいだよね?
こちらも相変わらずの妖精さんのような美貌の新郎の隣で、花嫁が完全にかすんでるよねーと思いながら神の前で誓いをささげ、結婚誓約書に署名をした。
こうして寝ることと食べることと魔術の研究にしか興味のなかったロザリー・ヴィリエは、ロザリー・ハーレ・オスマンになった。
誓いのキスをしたときに、カミーユの目がギラギラしていて、やっぱり背筋に冷たいものが走ったのって、絶対に気のせい、だよね!!!
おわり
次話よりカミーユ編が始まります。




