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カミーユとロザリーの話  作者: 十月猫熊
第1章 ロザリーのお話
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私はそれからすぐ休暇を申請して、家でひたすら苦手な刺繍に取り組んだ。


普通はマントとかに陣を縫い付けるだけなんだけど、トラップ系だったら装備だけがなくなる、なんてこともあると聞いたことがあったので、鎧…といってもカミーユの体力的に鎖帷子が限度だけど…の下に着る肌着に思いつく限りの守りの陣を縫い付けている。


もちろん、防寒冷、防熱暑、各種攻撃ダメージ軽減、みたいのはマントにも刺すつもり。


魔力を込めながら一針一針丁寧に縫い付ける。


今回も急な仕事で、もう明後日には出発するっていうから頭にきた。


私も同行出来たら、暗殺者集団見つけ次第、思いっきりぼこぼこにしてやるのに。

なんであんたらのせいで、何度も私は徹夜なんだ!


刺繍に疲れたら、ハンカチなどに、陣を魔力で描きこむ。効果は同じだけど、こういうのは刺繍に比べて耐久性がない。

紙にペンで描いた陣だと一回しか使えない。でもこうして布に魔力で描きこめば、数回はもつ。そして、魔力を込めた刺繍が一番長くもつ、というわけだ。


カミーユもダンジョンに潜るのは初めてなのに、いきなり難易度の高いところにいかねばならぬということで、今日は初心者向けのダンジョンに諸先輩方とともに潜って、まずはダンジョン独特の様々なルールを学んでいる。


明日も短時間、中級向けのトラップ系ダンジョンに入ってみて、その後は装備を整え、明後日の早朝出発なんだそうで。


ダンジョンだとちゃんと眠れないんだろうな、枕でも持たせてあげたいわ。


暗くなってから、初心者ダンジョンを経験して、珍しく疲れを見せているカミーユが帰ってきた。


お風呂は用意していたけど、私も必死の作業中につき、今日明日は割り切って買ってきたものでご飯を済ます。


「なんかご飯作る約束なのにごめん」


疲れた顔してるのにそんなこと言うから、両方のほっぺをバチンと両手で挟んで。


「ダンジョンから帰ってきたらうんと美味しいものを作ってもらうんだ、って楽しみに待つから。作ってほしいご飯のリクエストカードとか並べちゃうよ?」


そう言って私が笑ってみせると、カミーユも笑ってくれた。


それから二人でご飯を食べて、カミーユにはとっとと寝てもらう。


私はライトの魔法すら使わずに、ランプの灯りで、魔力を込めながらひたすら刺繍を刺した。


朝になって、買い置きの簡単なもので朝食を済ませると、カミーユはちょっと緊張した面持ちで出かけていった。今日体験するダンジョンですら、私やカミーユには少々手ごわいはずだから。


私は集中して、刺繍をしまくる。優先順位の高い、命にかかわる事象から守る陣をまず刺し、それらが一通りできたところで予備にも刺していく。肌着に刺す隙間がなくなるまでひたすら刺す。


空腹のあまりに眩暈がして、顔をあげたら、外が暗かった。

とりあえずお茶を淹れて、水分をとる。不味い。なんだこれ。


顔をしかめていたら、カミーユが帰ってきて、夕食にどうぞと差し入れられたという食べ物をたくさん持って帰ってきてくれていた。

カミーユに食事を食卓に並べてもらっている間に大慌てでお風呂を用意した。


カミーユの疲れっぷりは昨日以上だった。


明日の早朝には旅立つ、と分かっているので、食事中はあえてその話はしなかった。

学生時代のささいな出来事の思い出話とか、そんな話で笑い合った。


カミーユがお風呂に入って寝た後、明日からの装備として持ち帰ってきたマントに刺繍を刺し始める。


熱くないように、寒くないように。濡れないように、吹き飛ばされないように。疲れにくいように、痛くないように。落ちないように、刺さらないように、切れないように。回復や補助系以外の魔法がかかりにくいように、魔法を発動するときには少ない魔力で済むように。


肌着と内容が重なっていても構わない。多重にかかっていても何の問題もない。

それより、度重なる発動によって、擦り切れて効果が失われる方が困る。

苦手としていた刺繍もさすがに少しは上達し、手早くなっていた。


マントの内側をびっしりと陣で埋め尽くしたころ、外が明るくなってきた。

最後に、カミーユがこのマントを盗まれたりしたときは、魔術で取り戻せるように、持ち主を明らかにする刺繍を刺して、おしまい、だ。


間に合ってよかった。


ほう、と一息ついて、あとほんの少しだけ時間があるのに気が付いて…陣の隙間に、ひっそりと私のメッセージを縫い込んだ。何の効力もない、ただの言葉。


『無事に帰ってきて』


一文字ずつが陣を邪魔しないようにばらばらのところに刺されているので、よほど暇でじっくりと観察しなければ見つけられないくらいの文字。


ぽとん、と頬を伝った熱い雫がマントに落ちて、それはなぜかはじかれずにマントに吸い込まれていった。



「いい?肌着に浄化の陣も刺したから、絶対に帰ってくるまで脱いじゃダメだよ?それから、このハンカチたち、胸当て部分の内側に縫い付けたけど、これは発動しちゃったら普通にハンカチとして使い捨てちゃっていいからね?一応鞄の中にも予備で何枚か入ってるけど、こっちも一回しか効かないやつだし。どんな陣が必要なのか、分かんないから、臨機応変に使えるように、ちょっと変わったやつはハンカチにしておいたんだけど、どんな効果かは見たらわかるよね?あとは…」


研究所からもほど近い、魔術師庁の建物の中の一室に、移動先の座標が固定されている魔法陣が展開されていた。特別な魔具も使って、ゲートとして安定して使えるものだ。


私とジョルジュ先輩はカミーユにくっついて、見送りに来ていた。


パーティーメンバーは全員、マントのフードを目深にかぶり、暗色のスカーフで顔を覆っている。

見送りの私達も、同じように一応顔は分かりにくいようにフードをかぶっている。


その不審者集団の中で見分けられるのは、私はカミーユだけなので、さっきまで刺してたマントに不備はなかったか不安そうにちらりとめくったりしながら、注意事項を伝えていた。


緊張感漂う室内で声を出してるのは私くらいで、カミーユも硬い表情で、私の話にうんうん頷いているだけだ。


「ダンナのことが心配なのはわかるが…そろそろ行かねばならぬ」


覆面マントの一人にそう言われて、「ダンナではないです」一応訂正しておく。

だって仲間に変な勘違いされてたらカミーユも可哀想でしょ。


「気を付けてね」


最後にそう言って、両手でカミーユの手をぎゅっと握った。


見つめたカミーユの緑の目が、顔が、視界が、ゆらゆらしだしたので、慌てて離れる。

顔をそむけた途端にぽろり、と目から雫がこぼれ、慌てて上着の袖で拭いてごまかした。


さっき声を出した人を先頭に、一人ずつゲートをくぐっていく。

見送る方も、出ていく方も、誰も何も言わない。

カミーユだけが、ゲートをくぐる前にちらっと振り向いたので、私は必死に笑顔を顔にはりつけて、手を振った。



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