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彼女は嫁入り前なのに、よりにもよって魔物相手で純潔を散らしてしまっている。
公になることはないし、本人の記憶にも残らないことにはなるけど、いいところにお嫁に行くのは難しくなった。
彼女のように上位貴族の娘は、嫁ぐときには純潔でなければならない。
純潔であると偽って、嫁いでからそうじゃないと分かったときには、それが理由で離婚、彼女の実家には賠償金すら請求されるのだ。
で、そんな理由で離婚されたが最後、大抵はもう嫁の貰い手など見つからない。老人の後妻ぐらいだ。
いや、そもそも婚姻前に純潔でなくなった時点で、純潔を奪った相手と結婚しなければ、どのみち老人の後妻しかないようなものだ。
とにかく彼女の未来は暗い。
まあ、私みたいな末端の男爵令嬢ともなると、そこまでうるさくないので、デビュタントのときの事件のようなことが起こったりする。
どっちがいいかは微妙ですなぁ。
それに、彼女が恋い焦がれてた相手ってこいつかあ、とそっと真っ青な顔で息も絶え絶えな、腐れ縁の同居人を見やる。
支えてやってるから、体ががくがくと震えているのがよく伝わってくるし、体温も下がってて。
相当なショックがまだ続いていることが見て取れて、本当に可哀想になる。
途中で家人を連れて戻ってきた先輩がカミーユの反対の肩を支えてくれて、私達が使わせてもらっていた客間になんとか連れていくことが出来た。
ソファーに座らせたカミーユはまだガタガタと震えていて、私達のお世話を言いつけられていた侍従さんが淹れてくれたお茶も、手が震えて持てないだろうから、手を出さない。
軽食ももちろん用意してもらってあるけど、そっちも全然手を伸ばさない。
お茶を淹れてくれた侍従さんも異様な雰囲気に居づらくなったのか、呼び出し用のベルを置いてすぐに出ていってしまった。
あ、何か食べるには仮面を外さないといけないから、出て行ってくれたのかも。
私はカミーユのフードや仮面を外してやって、よしよし、と背中を撫でて宥めてやりながら、自分も仮面を外して、熱くないかお茶を一口飲んで確かめた後、カップをカミーユの口元に持って行ってやる。
シャルルに離乳食を食べさせていたときの気分だ。
どっちかというと、仕事後のこういうお世話は、私がカミーユにしてもらうことの方が多い。
私は魔力量の残量を見誤ることがたまにあるのだ。
今日の場合は、カミーユが自分で食べられないのは魔力の枯渇によるものではないけど、それでも消費した魔力を補うために、用意してもらった食事はとってから帰るべきだ。
カミーユがお茶を一口飲んだので、カミーユは実はそんなに甘いものが得意じゃないから、ハムとチーズの挟まったパンを口元に持って行ってやるとおとなしく口を開けた。
はむはむと咀嚼するカミーユの顔色はまだ悪くて、精神的なダメージの大きさが想像できて、可哀想になーと思いながら、私もお茶を飲む。
ってこれ、カミーユの飲みかけだった。わたしのはあっちだ。ま、いっか。
私はカミーユの背中をさすさすしながら、先輩と三人で黙って軽食を食べてお茶を飲んだ。
自分も食べて、食べさせて、飲んで、飲ませて、って結構忙しかった。
カミーユのだったカップのお茶を2人で飲んじゃった後は、私のだったカップのお茶をちゃんと2人で飲みましたよ!残しませんよ。
カミーユの魔力も少し持ち直してきた頃に、結果報告もしてきてくれたらしい所長が来てくれて、立ち直れていないカミーユの様子にしぶーい顔をした。
「今日の討伐は、私とロザリーの二人にしておけばよかったな…いろいろと判断ミスだった、すまない」
「伯爵令嬢が私達と同級生であったことは、来てみて初めて分かったことでしたから、不幸な事故ってことじゃないですか?」
「…いや、そこは下調べをしっかりしておけばわかることだった。私も淫魔退治は何度も経験があるし、さらに他の経験談を聞いたり読んだりしているが、淫魔が自分に化けているところに遭遇するという話は聞いたことがないからな。ほんのわずかな時間とはいえ、カミーユには衝撃的だっただろう。ロザリーとカミーユは特別任務扱いで明日と明後日は休んでいいことにしておいてやるから、ロザリーはカミーユが立ち直るようにしっかりついててやってくれ。で、ジョルジュ、お前にはやってもらいたいことがあるから、休みじゃないがいいか」
「今回はほぼ出番がなかったですからね。塔から頼まれていたことも失敗に終わりましたし」
そう、今回先輩とカミーユは、淫魔を消滅させるのではなくて魔道具の瓶の中に封印して、魔術師の塔での研究材料とすること、が任務だったのだ。
消滅させようが、封印しようが、被害者にしてみれば結果に違いはないので、今回は依頼主からすると成功しているんだけど、研究所的には失敗だ。
実体化するほどに強力になった夢魔、今回は淫魔だったけど、は、かなり珍しいので、塔としては相当欲しかったはずなのだ。
そして、研究できれば、夢魔除けの魔道具や魔法陣の開発も進んだかもしれなかった。
まあ、殺っちまったものは仕方がない。
所長としては封印の経験をさせようという心づもりだったらしいけど、失敗しちゃったってことだ。
所長が魔力補給のための、冷めたお茶と軽食をあっという間に平らげた後、私達は伯爵家を去った。
大通りで馬車から降りて、先輩たちと別れ、まだ顔色がすぐれないカミーユと手を繋いで家に向かって夜道を歩く。
毛布をかけてやったときの元クラスメートの顔がふと脳裏に浮かぶ。
これといって彼女との思い出はないものの、気立てのいい子ではあったので、私の心は晴れなかった。
彼女の今後の人生が少しでも良いものとなりますように。
そして、全く責任はないんだけど、色々と考えちゃうだろうし、これをきっかけに人嫌いが再発しませんように、と祈りを込めて、カミーユの手をぎゅっと握ったのだった。




