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連行された所長室で、防音結界がきちんと発動しているのを確認してから、ジョルジュ先輩が口を開いた。
「討伐依頼なんだけどね、ちょっと厄介で」
以前研修生だったとき、私とカミーユであれだけスッキリと片付けたはずの所長室なのに、また雑然としている。
私とカミーユは本格的に就職する前に、数か月、研修生として働きに来ていて、そのときの主な仕事が、足の踏み場もなくなっていた所長室の片づけだったのだ。
私達と同じフロアの執務机の方にいつもいる所長が、所長室でわざわざする話って何事かしら、と思っていたら、新しい仕事の話だった。
「厄介って、何です?」
先輩の言葉に、カミーユが首を傾げて質問している。
そんなあざといしぐさを女の子に見られたら大変だぞ!あとで注意しなくちゃ。
「まあ、とりあえず各自で座るところを確保して座って座って」
本来応接セットとして置かれているソファーやローテーブルの上には、謎の魔道具らしき小物や、ローブ、書類といったものが乱雑に置かれている。
触っても大丈夫なものかをじっくり観察してから、私は魔道具らしき謎の棒をソファーから取り上げて、もとは執務机だったところに移動させ、謎の布切れをソファーの背にかけ、カミーユと並んで座った。
カミーユも座面にあった書類をどかしてくれていた。
先輩は一人掛けソファーの手すりに座り、所長は執務机の端にちょっとだけ体重を預けている。
とりあえず全員が落ち着いたのを確認した所長が一度言いにくそうな表情をしてから、思い切ったように口を開いた。
「今回の討伐依頼は王都内なので、遠出はないんだが、厄介なのは間違いがなくてな。インマなんだよ」
「ほえ?」
インマってなんだっけ?
所長からの言葉に、思わず間抜けな声が口から出た。
アホだと思われると査定に響いて昇給が減るかもしれない。
慌てて口を押えて、頭の中で必死に検索する。
「夢魔の仲間ですか、確かに厄介な…」
おお、カミーユ君、ナイスアシスト!夢魔の仲間のインマと言えば淫魔ですね!
…って、ええええ?淫魔?!
「えええ?それ、普段実体ない奴じゃないですかー」
「そうなんだ、だから厄介だと言ってるじゃないか」
所長が眉間にしわを寄せている。
淫魔ってやつは、ターゲットにまずはちょっとエッチな夢を見させて、その夢のなかで精気を吸う。
子孫を残すための繁殖行動ってやつは大量のエネルギーを発散させるらしく、そのおこぼれにあずかる、という、まあ、最初のうちは小物なやつだ。
発生したごく初期は、ただの夢魔と区別がつかないというか、夢魔そのものだ。
夢を見させてその恐怖心や幸福感など様々な感情のエネルギーを吸い取るだけだ。
でもそのうち、本人も気付いていないような深層心理にある恋情を掘り起こしたりして、色恋沙汰の夢ばかりを見せるようになった時点で淫魔へと変化していく。
恋愛と繁殖行動はつながっているし、他の夢より得られるエネルギーが莫大なので、夢魔も味をしめてしまうらしい。
そうしてやがて性的な夢ばかりを見せるようになり、淫魔となった夢魔は、強いエネルギーを吸い取ってどんどん強くなっていって、そのうちに私達みたいな魔力持ちにも夢を見せて、エネルギーを吸い取るようになる。
そうすると、たったの一晩で驚くほどに強くなることもある。
やがて、強くなった淫魔は日中は実体もなく、夢を見せる相手を探してさまよい、ターゲットを見つけると、夜、夢を見せる。
そして夢の中で得られるエネルギーが強い獲物を見つけると、とり憑いてしまい、毎晩精気を吸い取り、やがて実体化まで出来るようになってしまうのだ。
討伐依頼が出るってことは、実体化するほどまでに強力な奴が出てきたってこと。
そこまでではない淫魔含む夢魔は、年に数回行われる夢魔退治の罠にかかって消えるからだ。
淫魔討伐で厄介なのは、実体化するほどの淫魔がとり憑いているやつってのは、思い込みの強いタイプで、強い片思いなんかをしてる場合が多くて、夢の中では好きな人から欲しい言葉ももらえるし、なんなら思いを遂げられてしまうので、本人が幸せだと感じていることが多いことだ。
精気を吸い取られていくので、どんどんやせ細って顔色は悪くなるのに、目だけは光っているような、特徴的な見た目となり、見る者が見るとすぐに淫魔に憑かれている、と分かる。
ただ、本人は幸せなので、そんなものにとり憑かれてなどいない、と頑なに否定するのが常だ。
確実に退治するには、実体化したところを捕獲して消滅させるのが一番なのだけど、夜中に被害者の夢の途中で実体化するものだし、実体化するときはすなわち、アレをイタしているところなわけだし…。
「…んんん?よく考えたらなんでそんな依頼を女子の私がいるっていうのに私達のチームに?」
私、嫁入り前の娘ですよ!
「まず、実体化するほどの淫魔は、かなり強力な術を使ってくるので、魔力量が多くて、精神耐性の高いやつしかこの仕事はできない。ので、今回は私を含めたこの4人だ。次に、今回のターゲットにされている人間は貴族の女性。なので、淫魔も男型のため、淫魔討伐には向かないとされている男も入っている、と言った方が良い。よくある女型の淫魔退治なら、純潔の女魔術師が行うものだからな。ロザリー1人で行く可能性もあったってことだ」
「あー、そういやそうでしたね!男の人って淫魔に弱いんでしたっけね…って…あれ?私のプライベートな情報がこの上もなく駄々洩れ?!」
どうして所長が、私がまだ純潔だって知ってるんだ!
一応貴族の娘は結婚するまでは純潔を守るものだとされている。
婚約しても、そういう関係は結婚してから、が一般的だ。
ただ、私みたいに働いて実家を出ている場合だと、そういうところは有耶無耶なことも多い。
私も、そういう目で見られること含めて覚悟のうえで、実家を出ている。
恥ずかしさに私が顔を赤くすると、カミーユとか先輩までが赤くなって目を逸らした。
そうでしょうとも、仕事仲間のそんな情報知りたくないですよね!
赤くなってむくれている私の頭を所長がぽんぽんして、「まあ、見てりゃそうかそうでないかは分かっちまうもんだから」
…全く慰めになっていません!ってか、見てたら経験のあるなしって分かるもんなの?怖っ!




