新婚生活
儀式を終えたその日のうちに、陽向はレオの屋敷へと移り住むことになった。
「お待ちしておりました、陽向様」
玄関先で出迎えてくれたのは、白髪を几帳面に撫でつけた、初老の男性だった。
「執事長を務めております、オズワルドと申します。以後、お見知りおきを」
深々と一礼するその所作には、長年の奉公を思わせる品格があった。
物腰は柔らかいが、どこか只者ではない気配もある。
「よろしくお願いします、その、慣れないことばかりで」
「かしこまりました。ゆっくりお過ごしいただければ、それで十分でございます」
穏やかな微笑みを浮かべるオズワルドに、陽向は少しだけ緊張が解けるのを感じた。
屋敷の中は、想像していたよりもずっと広かった。
「こちらが、陽向様の主寝室になります」
案内されたのは、大きな窓から光が差し込む、明るい部屋だった。
「そしてこちらが、共有のサロンです」
続いて通されたのは、ゆったりとした応接間のような部屋だった。
複数の夫と過ごすことを前提とした造りなのだと、オズワルドが説明してくれる。
「奥にある個室は、それぞれの旦那様専用のお部屋になります」
「へえ……」
思わず、感心したような声が漏れる。
重婚を前提にした屋敷の構造を、実際に目にするのは初めてだった。
主寝室があり、共有の場があり、それぞれの個室がある。
まるで、これから増えていく家族を、最初から想定しているような造りだった。
台所や書庫、中庭に面した談話室など、屋敷の中を一通り案内してもらう。
どの部屋も、誰か一人のためというより、みんなで使うことを前提にしたつくりになっているようだった。
(本当に、これから始まるんだな)
その実感が、じわりと胸に広がっていく。
その日は屋敷を見て回るだけで、あっという間に日が暮れた。
そして、迎えた翌朝のことだった。
物音で目を覚ました陽向が、寝間着のまま廊下に出ると、どこからか香ばしいような、それでいて少し焦げ臭いような匂いが漂ってきた。
慌ただしい物音と、時折聞こえる小さな舌打ちのような音。
匂いをたどって台所を覗くと、そこには意外な光景があった。
レオが、エプロンをつけて、竈の前に立っていたのだ。
分厚い手に不釣り合いな小さな木べらを握りしめ、真剣な表情で鍋を睨んでいる。
「レオさん、料理するんですか」
「……ああ」
振り返ったレオの顔は、心なしか真剣だった。
騎士団長が台所に立つ姿は、なんだか新鮮で、陽向は少し胸が温かくなる。
不器用なりに、朝食を用意しようとしてくれているのだと思うと、それだけで嬉しかった。
しばらくして、レオがテーブルに皿を運んでくる。
「……できた」
皿の上に乗っていたのは、黒々とした塊だった。
「……これは?」
「パンだ」
「炭じゃなくて?」
「パンだ」
レオは、いたって真面目な顔でそう言い張った。
その様子があまりに堂々としていて、陽向は逆に何も言えなくなる。
恐る恐る端をつまんでみると、かりっという固い感触とともに、表面がぼろりと崩れる。
「……あの、レオさん。普段の食事はどうしてるんですか」
「遠征のときは、干し肉と堅焼きパンだ。焚き火で炙るだけでいい」
「それは、料理とは言わない気がします」
なるほど、と陽向は妙に納得した。
野営慣れした騎士団長にとって、繊細な火加減など、これまで縁のないものだったのだろう。
剣の腕は確かでも、台所の腕前はどうやら壊滅的らしい。
そのちぐはぐさが、なんだかおかしくて、陽向は思わず笑ってしまった。
「今度は、僕も手伝っていいですか」
「……助かる」
素直にそう答えるレオを見て、陽向はますます頬が緩む。
結局その朝は、台所にあった果物と、オズワルドが慌てて差し入れてくれた焼き立てのパンで食事を済ませることになった。
「旦那様の料理には、まだ改善の余地があるようですね」
給仕をしながら、オズワルドが澄まし顔でそう呟く。
その一言に、レオが珍しく気まずそうに視線を逸らすのを見て、陽向は堪えきれずに噴き出した。
こうして始まった二人の新婚生活は、想像していたよりもずっと、肩の力が抜けたものになりそうだった。




