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オメガだとわかって絶望したのに、気づけば四人の夫に愛されています  作者: チュチュ


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嫌なら断れ


中庭の賑わいから、陽向はそっと抜け出した。


「Ω様、次は私の話も、ぜひ」


「いえ、私こそ先ほどから――」


背後で交わされる候補者同士の小さな競り合いを聞きながら、陽向はそっと人垣の隙間を抜けた。


「少し、休憩を……」


リゼットにそう告げると、彼女は心得たように頷いてくれた。


「裏庭のほうなら、人も少ないと思います。ゆっくりしてきてください」


教えられた小道を進むと、噴水のある静かな一角に出た。


石造りの噴水からは、絶え間なく水が流れ落ちていた。


人の声が遠のき、水音だけが耳に届く。


夕方に近づいた空気は、少しずつ涼しさを増していた。


陽向は、ベンチに座り込むようにして、大きく息を吐いた。


作り笑いで固まっていた頬が、ようやく緩んでいく。


「……疲れた」


誰もいないのをいいことに、小さく呟いてみる。


けれど、その独り言には、思いがけない返事があった。


「疲れて当然だ。あの人数だ」


その声には、皮肉ではなく、素朴な同情のようなものが滲んでいた。


驚いて顔を上げると、噴水の陰に、あの壁際の男が立っていた。


短く刈り込んだ焦げ茶の髪。鍛え上げられた長身。


騎士団長、レオハルトだった。


「……すみません、いたんですね」


「先に来ていたのはこっちだ。謝る必要はない」


そっけない言い方だったが、突き放すような響きではなかった。


陽向は、少し迷ってから、ベンチの端に座り直す。


「レオハルトさん、も休憩ですか」


「ああ。……ああいう場は、性に合わない」


短く付け加えられたその一言に、陽向は少しだけ意外な気がした。


騎士団長という立場なら、こうした社交の場にも慣れていそうなものだ。


けれど、レオの横顔には、慣れとは程遠い居心地の悪さが浮かんでいた。


短い返事のあと、沈黙が落ちる。


気まずいはずのその沈黙が、不思議と嫌ではなかった。


中庭で浴びせられ続けた、あの過剰な言葉の数々から解放されているからかもしれない。


陽向は、噴水の水面をぼんやりと眺める。


レオも、特に何をするでもなく、同じ方向を見ていた。


言葉を探さなくていい時間が、こんなにも楽なものだとは、今日まで忘れていた。


しばらくして、陽向はぽつりとこぼした。


「この国では、結婚しないといけないんですよね」


「……」


「最低三人も。正直、まだ全然実感が湧かなくて」


半分は独り言のつもりだった。


誰かに慰めてほしかったわけでも、答えを求めていたわけでもない。


ただ、胸の中に溜まっていたものが、そのまま口からこぼれ出ただけだった。


レオは、少しの間、黙っていた。


考えているような、その沈黙が続く。


やがて、静かな声が返ってきた。


「制度がそうでも」


「……はい?」


「嫌な男まで、選ぶ必要はない」


陽向は、息を止めた。


「嫌なら断れ」


短い、たったそれだけの言葉だった。


けれど、その一言は、陽向の中で今日一日聞いたどんな言葉よりも、はっきりとした輪郭を持って響いた。


中庭で会った男たちは皆、口々に自分の価値を語った。


領地、財産、家柄、武勇。


「Ωとして」何を選ぶべきか、「Ωとして」どう振る舞うべきか。


神殿の人々も、フィンでさえも、制度についてばかり説明してくれた。


誰もが、そういう言葉ばかりを陽向に向けてきた。


考えてみれば、日本にいた頃から、そうだったのかもしれない。


検査結果を聞いたあの瞬間から、陽向は自分の人生を「Ωとしての人生」という一つの型に、自分自身で当てはめてしまっていた。


これから先の全部が、ひとまとめに絶望であるかのように。


誰かに押しつけられる前に、自分で自分を、その型に押し込めていたのだ。


けれどレオは、たった今、まったく違うことを言った。


「陽向自身が」どうしたいか。


それだけを、聞いてきたのだ。


たったそれだけのことが、こんなにも胸に沁みるとは思わなかった。


病院の洗面所で鏡を見つめたときも、こんな風に誰かに聞いてほしかったのかもしれない。


——お前は、どうしたいんだ、と。


そんなことを、今更のように思う。


「……レオハルトさんは、変わってますね」


思わずそう言うと、レオは怪訝そうに片眉を上げた。


「そうか」


「悪い意味じゃないです。むしろ、その」


うまく言葉にできず、陽向は口ごもる。


「ありがとうございます、って言いたかったんだと思います」


レオは、少しだけ視線を逸らした。


それが照れているのか、単に興味を失っただけなのか、陽向にはまだ判断がつかなかった。


「……お前、名前は」


「あ、荒牧陽向です。陽向でいいです」


「陽向」


名前を口にしただけの、それだけのやり取りだった。


けれど、その響きは、これまで浴びせられてきた「Ω様」という呼び方より、ずっと自分に近い気がした。


「俺はレオだ。団長とか、レオハルトとか、長ったらしいのは好きじゃない」


「じゃあ、レオさんで」


小さく頷くレオを見て、陽向は初めて、今日会った誰かに対して自然な笑みを浮かべられた気がした。


噴水の水音だけが響くその静けさの中で、陽向は今日初めて、肩の力を抜くことができていた。

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