選べる世界へ
調査が進むにつれて、見えてきたのは、単純な答えではなかった。
数週間にわたる四人の奔走が、少しずつ実を結び始めていた。
「今回の一件、発端はアイスフェルト侯爵の私怨もあったでしょう。ですが、それだけでは終わらなかった」
最終審問の場で、ヴィンスが、集まった審問官たちに向けて、淡々と説明を始めた。
「調べを進めるうちに分かったのは、古い法律そのものに、矛盾があったという事実です」
フィンが、積み重ねた古文書を示しながら続ける。
「『Ωは誰の所有物でもない』という理念と、『最低三名のαと婚姻しなければならない』という義務。この二つは、制定当初から、実は整合性を欠いていました」
カイが、まとめた資料を審問官たちに差し出す。
「転移現象や第二性についての最新の研究からも、画一的な義務づけが、必ずしも本人のためになっていない可能性が示されています」
レオは、多くを語らなかったが、その場に立つ姿そのものが、何よりの証言だった。
証言を重ねるうち、審問官たちの間にも、次第に空気の変化が見え始めていた。
アイスフェルト侯爵は、最後まで難しい顔を崩さなかった。
けれど、証拠と論理を積み重ねられては、これ以上、強硬な主張を続けることもできないようだった。
やがて、彼は静かに口を開いた。
「……私の申し立てが、いささか感情的に過ぎたことは、認めましょう」
その一言には、老貴族らしい、不器用な譲歩が滲んでいた。
「ですが、権力の集中そのものへの懸念は、今も変わっていません」
「その点は、今後の制度改正の中で、きちんと議論すべきかと」
ヴィンスが、静かにそう応じる。
「……この件については、法自体の見直しが必要かもしれません」
審問官の一人が、重々しくそう漏らした。
数週間後、正式な発表が行われた。
「オメガは、最低三名のアルファと婚姻しなければならない」
という、これまでの義務規定は、撤廃されることになった。
代わりに定められたのは、こういう条文だった。
「オメガは、本人の意思により、一人、あるいは複数の伴侶を選択することができる」
その知らせを聞いたとき、陽向は、静かな感慨に包まれた。
発表の場に立った陽向は、集まった人々に向けて、自分の言葉で語った。
大勢の視線を浴びながらも、もう足がすくむことはなかった。
「僕は、この制度があったから、四人に出会うことができました」
正直な気持ちだった。
義務だったからこそ、レオに、ヴィンスに、フィンに、そしてカイに出会えた。
その事実を、否定するつもりはなかった。
「でも」
陽向は、少し間を置いて、続けた。
胸の奥から、これまで積み重ねてきた思いが、静かに溢れてくる。
「僕が幸せだったからといって、次のΩにも、同じ人生を強制していい理由にはならないと思います」
会場が、静かにその言葉を受け止めていた。
「これからは、それぞれが、自分の意思で選べるようになってほしいです」
「一人を選ぶ人も、複数を選ぶ人も、それぞれの幸せの形があっていい。大事なのは、それを誰かに決められるんじゃなく、自分で選べることだと思います」
その言葉は、世界のすべてを一度に変えるものではなかった。
けれど、確かな一歩だった。
かつて、自分の意思など誰にも聞かれなかった陽向が、今、多くの人の前で、これからの誰かのために、声を上げている。
その事実こそが、何よりの証だった。
発表を終えて屋敷への道を歩きながら、陽向は、隣を歩く四人を見渡した。
久しぶりに、五人揃って同じ道を歩いている。
その当たり前の光景が、今はどうしようもなく尊く感じられた。
「終わったね」
カイが、ほっとしたように呟く。
「いえ、これは始まりです」
ヴィンスが、静かに訂正した。
「選べる世界の、始まり」
その言葉に、陽向は小さく頷いた。
レオが、隣でそっと手を差し出してくる。
その手を、陽向は迷わず取った。
夕暮れの空の下、五人は、ようやく取り戻した日常へと、共に歩き出していった。




