夫が四人になりました
四人との生活が始まって、ひと月が過ぎた。
屋敷の朝は、以前にも増して賑やかになっていた。
かつて静かだった食堂に、今では毎朝、四人分の椅子を引く音と、賑やかな話し声が響いている。
オズワルドも、この賑わいにはすっかり慣れた様子で、涼しい顔で配膳をこなしていた。
「今日は、俺がこの席だ」
「昨日もそこに座っていたでしょう」
「先に座った者勝ちだ」
朝食の席を巡って、レオとカイが、毎朝のように小競り合いを繰り広げる。
「席順くらいで、争わないでください」
フィンが、困ったように仲裁に入るのも、もはや朝の恒例行事になっていた。
風呂の順番も、日によって揉め事の種になる。
「今日は、俺が一番風呂」
「昨日、あなたが一番でしたよね」
ヴィンスが、涼しい顔でそう指摘すると、カイは決まって言葉に詰まった。
「記録でも取ってるの、それ」
「記憶力の問題です」
そんな些細なやり取りが、屋敷のあちこちで毎日繰り返されていた。
外出の付き添いも、ちょっとした取り合いになる。
「今日の買い物は、俺が」
「いえ、今日は私の担当のはずです」
「昨日、代わってもらった分は」
「それとこれとは、話が別です」
真剣な顔で言い合う二人を見て、陽向はいつも笑いを堪えるのに必死だった。
そんなやり取りを、陽向はいつも苦笑いしながら眺めていた。
賑やかすぎるとは思うものの、それが不思議と、心地よくもあった。
一方で、陽向の好物を巡る密かな張り合いも続いていた。
「陽向様は、この菓子がお好きなんですよ」
「いや、それより、果物の方を喜ぶ」
「甘いものより、香りの強いお茶がお好きです」
「……昨日は、全部美味しく食べましたけど」
「別に、いいです」と喉元まで出かかった言葉を、陽向は慌てて飲み込んだ。
その代わりに、少し考えてから続ける。
「強いて言うなら、今日は果物の気分です」
思いのほかはっきりと告げた自分に、陽向自身が一番驚いていた。
陽向がそう口を挟んでも、三人は自分の主張を曲げようとしない。
三者三様の主張に、陽向は毎回、誰の顔を立てればいいのか困ってしまう。
そんな賑やかな日々の中で、陽向が最近気づいたことがあった。
自分を中心にした四人の関係だけでなく、四人同士の間にも、それぞれの関係が育ち始めていたのだ。
最初は、互いに顔も知らない者同士だった。
それが今では、それぞれのやり方で、自然と距離を縮めている。
夜になると、レオとヴィンスは、なぜかよくチェス盤を挟んで向き合っている。
「次は負けん」
「毎回、そう仰っていますね」
「今度こそだ」
「楽しみにしております」
寡黙な騎士団長と、饒舌な宰相の組み合わせは、意外にも馬が合うようだった。
盤面を挟んで黙り込む二人の間に、不思議な連帯感のようなものが漂っている。
フィンとカイは、宗教と魔術の話になると、止まらなくなる。
「その儀式の理論、根本から間違ってると思うけど」
「僕たちの教義を、そう簡単に否定しないでください」
「だって、魔力の流れ的に矛盾してるじゃん」
「信仰の話に、理屈だけを持ち込まないでください」
幼馴染らしい遠慮のなさで、二人は毎回、白熱した議論を交わしていた。
その様子を見るたび、陽向は二人の付き合いの長さを、改めて実感する。
レオは、フィンの淹れる茶を、いつからか気に入っているようだった。
「フィンの茶は、飲みやすい」
「それは光栄です」
「他の茶葉より、渋みが少ない気がする」
「気づいていただけて何よりです」
ぶっきらぼうな褒め言葉に、フィンは静かに目を細める。
寡黙な二人らしい、静かで穏やかなやり取りだった。
ヴィンスは、カイの研究費の管理を、いつのまにか引き受けていた。
「また予算を使い切ったんですか」
「必要な実験だったんだって」
「先月も、同じ台詞を聞いた気がしますが」
「今月のは、本当に必要だったんだよ!」
「領収書、きちんと出してくださいね」
そんな二人のやり取りも、日常の一部になっている。
陽向を通してつながったはずの四人が、いつのまにか、それぞれの形で結びついていた。
誰かに指示されたわけでも、無理に仲良くさせようとしたわけでもない。
ただ、同じ屋根の下で過ごすうちに、自然とそれぞれの相性が形になっていったようだった。
その光景を眺めながら、陽向は静かに思う。
家族って、こういうものなのかもしれない。
誰か一人を中心に回るのではなく、それぞれがそれぞれと結びつき、支え合う。
かつて一人でこの世界に放り出されたときには、想像もできなかった光景だった。
そんな温かい網目のような関係が、この屋敷の中に、確かに育ち始めていた。




