天才だった子ども
カイのことが、頭から離れなかった。
数日経っても、あの傷ついた顔が、何度も思い出される。
屋敷にも、あれ以来、カイは顔を出していない。
いつもなら鬱陶しいくらいに賑やかだった空気が、今はどこか物足りなく感じられた。
陽向は、思い切って神殿を訪ね、フィンに相談することにした。
「カイさんのこと、もっと知りたくて」
事情を話すと、フィンは少し考えるように目を伏せた。
窓の外では、いつもと変わらない静かな神殿の景色が広がっていた。
「彼の話を、僕がしてもいいものか、迷いますが……」
「お願いします。カイさんのこと、ちゃんと分かった上で、また話したいんです」
その真剣な様子に、フィンは静かに頷いた。
「分かりました。ただ、これは僕から見た、一つの側面に過ぎないことは、覚えておいてください」
フィンは、そう前置きしてから、ゆっくりと椅子に座り直した。
「カイ殿は、物心つく前から、桁外れの魔力を持っていました」
フィンは、記憶を辿るように、ゆっくりと語り始める。
「魔術師団はもちろん、王宮からも、彼の才能に注目が集まりました」
「幼い頃から、様々な場所へ連れ回されては、魔力を披露させられていたそうです」
「魔力封じの儀式で顔を合わせるたび、あの子はいつも、疲れた目をしていました」
フィンは、当時を思い出すように、少し遠い目をする。
「同年代の子どもらしく笑うところを、僕はほとんど見た記憶がありません」
「儀式が終わると、いつも大人たちが、口々に彼の魔力の強さを褒め称えていました。けれど、その日の彼がどんな気分だったか、疲れていないか、そんなことを尋ねる人は、誰もいませんでした」
「その頃の彼を知る人は皆、口を揃えてこう言います。誰も、彼自身のことを見ていなかった、と」
「みんな、彼の魔力にしか興味がなかったんですね」
陽向の言葉に、フィンは静かに頷いた。
「褒められるのは、いつも才能のことばかり。カイ殿自身がどう思っているか、何を感じているかを、誰も尋ねなかったそうです」
「そうしているうちに、カイ殿は気づいたのだと思います。必要とされる自分でいなければ、誰にも見てもらえないのだと」
「必要とされなくなれば、簡単に見捨てられる。そんな恐怖を、ずっと抱えてきたのかもしれません」
だからこそ、あの人懐こい笑顔で、誰にでもすぐに取り入ろうとする。
必要とされることでしか、自分の居場所を確保できなかったのだろう。
フィンの言葉に、陽向は胸が締めつけられる思いがした。
あの明るい笑顔の裏に、そんな孤独が隠れていたなんて、想像もしていなかった。
いつも軽口ばかり叩いて、飄々としているように見えていたのに。
その明るさの一つ一つが、実は必死に築き上げてきた仮面だったのかもしれない。
そう思うと、これまでのカイとのやり取りが、まるで違う意味を帯びて見えてくる。
「陽向様も、お気づきになったのでは?」
フィンが、静かにそう尋ねる。
「……はい」
陽向は、小さく頷いた。
「僕の元いた世界は、オメガの地位が低かったんです。なので、Ωだって分かった時、僕は自分の価値が下がったと思いました」
「普通じゃなくなった自分に、絶望していました」
「カイさんは逆に、才能があるから価値があると、周りから思い込まされてきたんですね」
「方向は違うのに、二人とも、自分の価値を他人の物差しで測られてきたんです」
一方は「足りないもの」として。
もう一方は「優れたもの」として。
けれど根っこにあるのは、同じ寂しさだったのかもしれない。
その事実に気づいた瞬間、陽向の中で、何かが静かにつながった。
自分とカイは、まったく違う立場にいるようでいて、実はよく似ていたのだ。
「僕は、フィンさんたちに出会って、少しずつ、自分の意思で生きていいんだと思えるようになりました」
「カイさんにも、同じように思ってほしいです」
陽向の言葉に、フィンは優しく微笑んだ。
「きっと、あなたなら伝えられます」
フィンの言葉には、確信のようなものが込められていた。
「陽向様は、僕にも、同じように向き合ってくれましたから」
その一言に、陽向は少し驚いて顔を上げた。
フィン自身も、あの時、自分の願いに気づかせてもらったのだと、静かに語っているようだった。
その言葉を胸に、陽向は静かに決意を固めた。
必要だからではなく、ただ、カイ自身が好きだから。
そのことを、きちんと伝えなければならない。
神殿を出ると、夕暮れの空が、燃えるような橙色に染まっていた。
その色を見つめながら、陽向は、カイに会いに行く決意を、さらに強くしていった。
もう、遠回しな言葉では伝わらない。
自分の言葉で、まっすぐに気持ちを届けよう。
そう心に決めて、陽向は屋敷への道を、いつもより速い足取りで歩き始めた。




