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オメガだとわかって絶望したのに、気づけば四人の夫に愛されています  作者: チュチュ


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見知らぬ世界で目覚めて


冷たさで、目が覚めた。


背中に触れているのは、硬い石の床だった。


陽向は、ゆっくりと瞼を開ける。


視界に映ったのは、見たこともない高い天井だった。


石造りのアーチが幾重にも重なり、色ガラスの窓から、淡い光が差し込んでいる。


自分の部屋の、あの見慣れた木目の天井ではない。


高い窓から差し込む光の角度からして、時刻は朝に近いようだった。


広い石の間には、陽向のほかに人影は見当たらない。


夢の続きなのだろうか、と一瞬だけ考える。


けれど、頬をつねってみても、痛みははっきりと本物だった。


「……どこ、ここ」


声に出してみても、答えは返ってこなかった。


体を起こそうとすると、節々が鈍く痛んだ。


まるで長い距離を、無理な姿勢のまま運ばれてきたような痛みだった。


「気がついた」


ふいに、声がした。


顔を上げると、白銀に近い金髪の青年が、こちらを覗き込んでいた。


線の細い体つきに、儀式用らしい白いローブをまとっている。


優しく細められた目が、陽向をじっと見つめていた。


「大丈夫、ゆっくりでいいですよ」


穏やかな声だった。


不思議なことに、その言葉の意味が、すんなりと頭に入ってくる。


見知らぬ言語のはずなのに、まるで日本語のように理解できてしまう。


その違和感に、陽向は一拍遅れて戦慄した。


自分の口から出る言葉も、なぜか勝手にこの世界の言葉に変換されているらしい。


理屈は分からないが、そうとしか思えなかった。


「あの、日本語……話せるんですか?」


「日本語、ですか?」


青年は、その単語を初めて聞くというように、小さく首を傾げた。


「僕はフィンといいます。ここは、王都の神殿です」


「神殿……」


聞き覚えのない響きに、陽向の頭は追いつかない。


「あなたは、光の中庭に突然現れたんです。何があったか、話してもらえますか」


陽向は、混乱したまま、ここに至るまでの経緯を話し始めた。


日本という国のこと。


自分の部屋で眠ろうとしていたこと。


気づけば白い光に包まれていたこと。


話しながらも、自分の説明が支離滅裂に聞こえているのではないかと不安になる。


「……異世界、ですか」


フィンの表情が、初めて大きく動いた。


穏やかな微笑みが消え、驚きと困惑がその顔に広がっていく。


「そんな話、おとぎ話でしか聞いたことがありません」


まさか本当にあるとは、と呟くフィンの声には、隠しきれない動揺が滲んでいた。


けれどフィンは、陽向の格好をまじまじと見つめ、小さく息をつく。


見慣れない生地の服、見たこともない意匠。


そして何より、話す陽向の様子に、嘘をついている素振りはどこにもなかった。


「……信じます。あなたが、嘘をついているようには見えませんから」


その反応を見て、陽向は逆に少し落ち着きを取り戻す。


自分だけが異常なのではなく、この世界にとっても、自分の存在自体が異例らしい。


そのことだけは、ようやく理解できた。


それでも、聞かずにはいられないことがあった。


「あの……元の世界に、戻る方法はあるんでしょうか」


その問いに、フィンは困ったように視線を落とした。


「正直に言うと、分かりません」


「分からない、というのは」


「異世界からの転移そのものが、記録に残っていないんです。前例がないので、戻す方法どころか、そもそも戻せるものなのかどうかも……」


言葉を選びながら、フィンは慎重に続けた。


「僕の知る限り、可能性は、限りなく低いと思います」


その一言は、静かに、けれど確かに陽向の胸に落ちてきた。


驚くほど、取り乱すことはなかった。


どこかで、もう分かっていたのかもしれない。


白い光に包まれたあの瞬間から、後戻りはできないのだと。


「……そうですか」


それだけ答えるのが、精一杯だった。


その後、陽向は神殿の奥にある小部屋へと案内された。


石造りの通路は薄暗く、すれ違う神官たちが皆、興味深そうにこちらを見てくる視線を感じた。


小部屋に通されると、年配の神官たちが陽向を囲むように集まった。


一人一人が手のひらを陽向へと向け、そこに淡い光を灯していく。


まるで蛍のような光が、幾つも重なりながら陽向の体の周りをゆっくりと漂った。


何かを調べられているのだと分かったが、痛みはまったくなかった。


むしろ、体の芯がじんわりと温かくなるような、不思議な感覚だけがあった。


やがて、一人の神官が声を上げた。


「……Ωだ。この方は、Ωでいらっしゃる」


その言葉に、陽向の顔から血の気が引いた。


またか、と思った。


あの検査室で告げられた瞬間が、まざまざと蘇る。


けれど、陽向の予想とはまったく違う反応が、部屋いっぱいに広がった。


「Ω様だ……!」


「異世界から、Ω様がいらっしゃったのか」


神官たちが、次々と歓声にも似た声を上げる。


誰も、困った顔などしていなかった。


むしろ、感激したように目を潤ませている者までいる。


一人の老神官などは、両手を組んで何やら祈りの言葉まで唱え始めていた。


「あの、これって……」


陽向が戸惑っていると、フィンが小さく笑いながら説明してくれた。


「この国では、Ωは神の祝福を受けた、大変貴い存在とされているんです」


「祝福……」


「歴史的に、Ωの数はとても少ないんです。だからこそ、生まれてきてくださるだけで、国全体の慶事とされます」


現代日本とは、まるで正反対の扱いだった。


蔑まれるどころか、崇められる。


その落差に、陽向はめまいにも似た感覚を覚える。


つい数日前まで、自分の中で「Ω」という響きは、重荷のようなものでしかなかった。


それが今、目の前でこんなにも祝福されている。


嬉しいはずなのに、どこか現実感が追いつかず、陽向はただ立ち尽くすことしかできなかった。


けれど、フィンの次の一言で、その動揺はまた別の方向へ引きずられることになった。


「一つ、大切なことをお伝えしなければなりません」


フィンが、少し表情を改める。


「この国ではΩは、複数のαと婚姻する義務があります」


陽向は、自分の耳を疑った。


「……複数?」


「最低三名です」


あまりにあっさりと告げられたその数字に、陽向は思わず声を上げた。


「最低ぇっ!?」


崇められたと思ったら、次の瞬間には三人以上と結婚しろと言われる。


この世界の常識は、陽向の理解をあっさりと置き去りにしていった。


呆然とする陽向に、フィンが困ったように付け加える。


「詳しいことは追って説明しますので、今日のところは、ゆっくり休んでください」


その優しい声だけが、混乱する頭の中で唯一の頼りだった。


けれど休む間もなく、この日から陽向の運命は、大きく動き出すことになる。

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