↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オメガだとわかって絶望したのに、気づけば四人の夫に愛されています  作者: チュチュ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/40

これは病気?


あの日から、カイの体調は、どうにもおかしかった。


胸のあたりが、ちくちくと落ち着かない。


食事の味も、心なしかいつもより薄く感じる。


夜も、いつもよりなかなか寝付けず、寝台の上で何度も寝返りを打つ日が続いていた。


特に、陽向が誰か他の夫と親しげにしている場面を見ると、その症状は、決まって悪化した。


「陽向様、こちらをどうぞ」


ヴィンスが、さりげなく陽向の肩に上着をかけてやる場面を見たときも。


「陽向、稽古の型、見てくれ」


レオが、照れくさそうに陽向を稽古に誘う場面を見たときも。


二人が並んで庭を歩く後ろ姿を、遠くから眺めているだけでも、胸の奥がざわついた。


フィンが、陽向の淹れた不慣れな茶を、嬉しそうに飲んでいる場面を見たときも。


オズワルドが「今日の陽向様は、一段と楽しそうですね」と誰かに耳打ちしているのを、偶然聞いてしまった時も。


そのたびに、カイの胸の奥では、説明のつかない重苦しさが渦を巻いた。


「……なんなんだよ、これ」


誰もいない廊下で、カイは一人、胸を押さえて唸っていた。


魔力の乱れなら、これまで散々経験してきた。


呪具の暴走、儀式の反動、様々な異常を身をもって知っている。


けれど、この感覚は、そのどれとも違う種類のものだった。


原因も分からず、治療法も見当がつかない。


魔術師として、それが何より落ち着かなかった。


壁に寄りかかり、天井を仰ぎながら、カイはしばらくその場で唸り続けた。


このまま放っておいて、悪化でもしたら困る。


そう自分に言い訳しながら、結局は誰かに相談する以外、道はなさそうだった。


思い余ったカイは、ある日、政務室にいたヴィンスを訪ねることにした。


本当は、フィンに相談しようかとも考えた。


けれど、幼い頃からの付き合いだからこそ、からかわれるのが目に見えていて、気が進まなかった。


レオに至っては、論外だった。


あの騎士団長に、こんな話を真面目に聞いてもらえるとは、到底思えなかった。


消去法で辿り着いたのが、ヴィンスだった。


「ヴィンス、ちょっと相談があるんだけど」


政務室の扉を、遠慮なく開けながら、カイは切り出した。


「珍しいですね、あなたが私を頼るとは」


書類から顔を上げたヴィンスは、いつもの穏やかな笑みを浮かべている。


その余裕のある態度に、カイは少しだけ苛立ちを覚えたが、今はそれどころではなかった。


「最近、胸が苦しいんだ。もしかしたら、魔力異常かもしれない」


真剣な顔で、カイはそう切り出した。


「具体的には、どんな時にその症状が出るんですか」


「陽向が、他の誰かと仲良くしてるところを見た時、とか」


その答えに、ヴィンスは、一瞬だけ目を丸くした。


それから、堪えきれないように、小さく笑いを漏らす。


「なんだよ、笑うところ?」


「いえ、失礼」


咳払いを一つして、ヴィンスは表情を戻した。


「その症状、私にも覚えがあります」


「え、ヴィンスもなったことあるの? やっぱり病気じゃん」


身を乗り出すカイに、ヴィンスは静かに首を振った。


「病気ではありません。それは——嫉妬です」


「……嫉妬?」


聞き慣れない診断に、カイはぽかんとした顔をする。


「あなたが、誰かに独占されたくないと感じている証拠ですよ」


「独占って、誰を」


「ご自分で、一番よく分かっているのでは?」


からかうような口調に、カイは何も言い返せなかった。


頭の中に浮かんだのは、決まって陽向の顔だった。


淡々と告げられたその言葉に、カイはしばらく固まっていた。


「治療法は?」


恐る恐る尋ねると、ヴィンスは、あっさりと答えた。


「ありません」


「重病じゃん!」


思わず声を上げたカイに、ヴィンスは楽しげに笑った。


「不治の病、というやつです。私も、いまだに完治しておりませんので」


「宰相のあんたでも、治らないの」


「治す気も、正直ありませんが」


穏やかにそう言い切るヴィンスの顔には、かつての苦い経験の名残がある一方、どこか満ち足りたものも浮かんでいた。


その言葉の意味を、カイはすぐには理解できなかった。


けれど、政務室を出て、夕暮れの廊下を一人歩きながら、カイはようやく、自分の中にあったものの正体に、少しずつ気づき始めていた。


これは、病気なんかじゃない。


もっと単純で、もっと厄介な感情だった。


廊下の窓から見える夕焼けが、やけに眩しく感じられた。


自分の中に、こんな感情が育っていたことに、カイ自身、まだ半分も信じられずにいた。


けれど、否定しようとすればするほど、胸の奥の疼きは、はっきりとした輪郭を持っていく。


「……マジか」


誰に言うでもなく、カイは小さく呟いた。


その声には、これまでの飄々とした調子とは違う、戸惑いの色が滲んでいた。


天才魔術師と呼ばれ、大抵のことは器用にこなしてきた自負があった。


けれど、この感情だけは、どう向き合えばいいのか、まるで見当がつかなかった。


魔法の理論書には載っていない、ひどく厄介な現象だった。


屋敷の方角を見つめながら、カイはしばらく、その場に立ち尽くしていた。


自分の中で膨らみ続けるこの気持ちを、これからどうすればいいのか。


答えの出ない問いだけが、夕暮れの空に、静かに溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。