俺のこと好き?
それから、カイは何かと理由をつけては、屋敷に顔を出すようになった。
「魔力測定の道具、持ってきたよ」
そう言って持ち込んだ器具で、真面目に計測をしたかと思えば、測定もそこそこに、陽向の周りをうろうろし始める。
初日にあれほど遠慮のなかった要求も、次第に減っていき、代わりに、他愛のない会話が増えていった。
そんなカイの訪問は、いつのまにか、屋敷の日常の一部になりつつあった。
朝でも昼でも、ふらりと現れては、誰かの手が空くのを待つように、サロンで寛いでいる。
「陽向、俺のこと好き?」
唐突な問いかけに、陽向はもう慣れたように、ため息一つで応じる。
「その質問、毎日しますね」
「今日は昨日より好きかもしれない」
「昨日と同じです」
「じゃあ、嫌いじゃない?」
「帰ってください」
「好き寄りだね、それ」
「そういう解釈やめてください」
にやにやと笑うカイに、陽向は呆れながらも、どこか毒気を抜かれてしまう。
言葉では突き放しても、本気で嫌がっているわけではないことが、二人のやり取りの空気からも伝わってくる。
こういう軽口の応酬も、気づけばすっかり、日課のようになっていた。
観察という名目で持ち込まれた記録帳には、几帳面な文字で色々と書き込まれていたが、その手は、時折ぴたりと止まった。
陽向が、何気ないことで声を上げて笑うたび。
カイの視線は、記録帳から陽向の顔へと、無意識に吸い寄せられていた。
ペン先が紙面で止まったまま、インクが小さな染みを作っていることにも、気づいていない様子だった。
本人は、まだそのことに気づいていないようだった。
一方で、屋敷の空気は、日に日に賑やかさを増していた。
「今日も来たのか」
レオは、カイが訪れるたびに、無言で鋭い視線を送る。
「そんな睨まなくても。取って食ったりしないよ」
「油断ならない」
「心外だなあ」
軽く肩をすくめるカイに、レオの警戒は少しも緩まなかった。
すれ違いざま、無言で肩をぶつけていくことも、一度や二度ではなかった。
「今の、絶対わざとだよね」
「気のせいだ」
そんな無愛想なやり取りにも、カイはめげる様子を見せなかった。
ヴィンスは、表向きは穏やかな笑みを浮かべながらも、その裏で確かな牽制を滲ませていた。
「カイ殿は、随分と陽向様に懐いていらっしゃるようですね」
「懐いてるっていうか、興味があるだけだよ」
「その興味、あまり大きくなりすぎないよう、お気をつけください」
にこやかな声音とは裏腹に、その言葉には、静かな圧があった。
フィンに至っては、そんな二人のやり取りを見ながら、そっと目を伏せて何かを祈っている。
「フィン、何祈ってるの」
「屋敷が平和でありますように、と」
「俺、そんなに危険人物扱い?」
「みんな、そう思っています」
あっさりと告げるフィンに、カイは心外そうに口を尖らせた。
「フィンだけは味方でいてくれると思ってた」
「僕は、中立の立場です」
「それ、味方じゃないってことじゃん」
軽妙なやり取りの応酬は、いつまでも尽きることがなかった。
そんな騒がしいやり取りが、屋敷のいつもの光景になりつつあった。
四人目の存在が加わったことで、この家全体の温度が、また少し上がったようだった。
ある日の夕暮れ時、サロンでくつろいでいた陽向が、うとうとと舟をこぎ始めた。
隣に座っていたレオの肩に、そのまま、こてんと頭を預ける。
その光景を見た瞬間、カイの中で、何かが小さく波打った。
言葉にできない、もやもやとした感情が、胸の奥から込み上げてくる。
「……なんだよ、これ」
小さく呟いた声は、誰にも届かなかった。
その日の帰り道、カイは自分の手首に指を当て、脈を測りながら、真剣な顔で考え込んでいた。
やけに脈が速い気がする。
魔術師団に戻れば、優秀な治療師もいる。
明日にでも診てもらおうか、とカイは大真面目に考え始めていた。
これはもしや、何かの病気なのかもしれない。
そんな深刻な顔で悩むほど、カイはまだ、この感情の本当の名前に気づいていなかった。
夜道を歩きながら、カイは何度も、自分の胸に手を当てた。
その奥で、何かがずっと、落ち着かない音を立て続けていた。




