↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オメガだとわかって絶望したのに、気づけば四人の夫に愛されています  作者: チュチュ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/24

神官は恋をしない


翌日、陽向は一人で神殿を訪れた。


指摘されてから、気持ちは日に日にはっきりしていく一方だった。


フィンの顔を思い浮かべるだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。


会えない日が続くと、それだけで少し寂しくなる自分にも、いつのまにか気づいていた。


このまま曖昧にしておくより、きちんと向き合いたい。


そう思っての訪問だった。


神殿の回廊を歩きながら、陽向は何度も、頭の中で切り出す言葉を練習していた。


「フィンさんのことが、気になっていて」なのか。


「フィンさんは、僕のことをどう思っていますか」なのか。


どの言い方も、口にする前から気恥ずかしくて、うまくまとまらない。


けれど、いつものように迎えてくれたフィンの顔を見た瞬間、決めていたはずの言葉が、喉の奥で詰まりそうになる。


それでも、意を決して切り出した。


「フィンさんに、聞きたいことがあって」


「なんでしょう」


穏やかな微笑みを浮かべるフィンに、陽向は深呼吸を一つする。


「フィンさんは、僕のこと、どう思ってますか」


その問いに、フィンの表情が、初めて固まった。


「……どう、とは」


「はぐらかさないでください」


真剣な陽向の様子に、フィンは目を伏せた。


長い沈黙のあと、静かに口を開く。


「申し訳ありません。お応えすることはできません」


「どうして……」


「神官は、家庭を持たないのが、この神殿の伝統です」


フィンの声は、淡々としていた。


「法で禁じられているわけではありません。けれど、長く受け継がれてきた戒律です」


「歴代の神官の中には、家庭を持った方も、いないわけではありません」


フィンは、静かに続ける。


「ですが、そのほとんどが、儀式の場から静かに退くことになっています」


「戒律でも、絶対というわけではないんですね」


食い下がるように、陽向はそう返した。


「戒律の話だけでは、ありません」


フィンは、少し表情を歪めた。


「あなたを最初に導いたのは、僕です。混乱していたあなたを守る立場にあった僕が、あなたを欲しがるなど、あってはならないことです」


「それは……」


「僕の中の、けじめの問題です」


きっぱりとした声だった。


けれど、その瞳の奥には、はっきりとした葛藤が見え隠れしていた。


まるで、自分自身に言い聞かせるような口調だった。


窓の外では、鳥の鳴き声が、いつも通りのどかに響いている。


その平和な音と、二人の間に流れる重たい空気とが、ひどくちぐはぐに感じられた。


陽向は、それ以上、何も言えなくなった。


聞かなければよかった、とは思わない。


けれど、聞いてしまったことで生まれた痛みは、想像していたよりずっと重かった。


「すみません、変なことを聞いて」


無理やり笑みを作り、逃げるようにその場を後にする。


背中に、フィンの視線を感じた気がしたが、振り返ることはできなかった。


屋敷への帰り道、視界がにじんで、足元がおぼつかなかった。


期待していなかったつもりだった。


それなのに、こんなにも胸が痛むなんて、思ってもみなかった。


神殿で初めて出会ったときから、フィンはいつも変わらず穏やかで、陽向を急かすことも、決めつけることもなかった。


その優しさに、いつのまにか惹かれていたのだと、今更のように思い知る。


分かってもらえないことより、自分の気持ちに、こんなにも名前がついていたことの方が、陽向には驚きだった。


屋敷に戻ると、様子のおかしい陽向に、レオとヴィンスはすぐに気づいたようだった。


「……何かあったのか」


レオが、短く尋ねる。


「……別に、なんでもないです」


いつもの口癖が、こんな時にだけするりと出てきてしまう。


けれど、二人とも、それ以上は聞いてはこなかった。


代わりに、レオが黙って台所へ向かい、しばらくして小皿を手に戻ってくる。


焼き菓子が、不揃いな大きさで並んでいた。


言葉もなく、それをテーブルにことりと置く。


続いて、ヴィンスが茶器を運んできた。


いつもの完璧な所作で、湯気の立つ茶を淹れていく。


二人とも、何も言わない。


ただ、それぞれのやり方で、陽向のそばに居座っていた。


その光景に、陽向は思わず、小さく噴き出してしまった。


「……二人とも、慰め方が不器用すぎませんか」


「菓子で足りないか」


レオが、真顔でそう返す。


「足りないとかじゃなくて」


「では、量が多すぎましたか」


ヴィンスまで、涼しい顔でそう続ける。


「そういうことでもないです」


「では、どういうことです」


「気持ちの問題です、気持ちの」


以前、自分がレオに言った台詞をそのまま返す羽目になり、陽向は思わず脱力した。


思わず笑いが漏れると、張り詰めていた胸の奥が、少しだけ軽くなった気がした。


二人は、慰め方も分からないまま、それでも精一杯、陽向のそばにいようとしてくれている。


その不器用さが、今はどんな言葉よりも、胸に染みた。


しばらくして、笑いが落ち着くと、レオがぽつりと言った。


「無理に話さなくていい」


「話したくなったら、聞きます」


ヴィンスも、静かに付け加える。


陽向は、二人を挟むようにして、ソファに深く沈み込んだ。


レオの体温が、片側から伝わってくる。


ヴィンスが、そっと膝掛けをかけてくれる。


窓の外では、日が少しずつ傾き始めていた。


橙色の光が、静かな部屋の中に、ゆっくりと差し込んでくる。


言葉はなかった。


それでも、その静かな時間だけで、陽向の中の何かが、少しずつ緩んでいくのが分かった。


時折、レオが小さく肩を寄せ、ヴィンスがそっと手を握ってくれる。


慰めの言葉より、その温もりの方が、今の陽向には何倍もありがたかった。


フィンのことを思うと、まだ胸の奥がちくりと痛む。


けれど、この二人がそばにいてくれる限り、その痛みに一人で押し潰されることはないのだと、陽向は静かに感じていた。


一人じゃない。


そのことだけが、今はどうしようもなく、ありがたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。