三人目の候補
神殿から一通の書状が届いたのは、ヴィンスとの生活が落ち着き始めた頃だった。
「法律上、陽向様にはあと一人、夫となる方が必要です」
使者の言葉に、陽向は曖昧に頷くしかなかった。
添えられていたのは、新たな候補者の名簿だった。
貴族の子息や、他国から縁談を望む者まで、名前がずらりと並んでいる。
あのお茶会の日のような、華やかな肩書の羅列だった。
けれど、その一覧を眺めても、陽向の心はまったく動かなかった。
「……なんか、気が進まないんですよね」
一人でそう呟きながら、名簿を机の隅に置く。
その夜、サロンでくつろいでいると、ヴィンスがさりげなく切り出した。
「三人目、まだ決めかねているようですね」
「そうなんですけど……」
「最近、よく神殿の方に足を運んでいますよね」
「え?」
「検診の日でもないのに、です」
指摘されて、陽向は言葉に詰まった。
確かにここ最近、何かと理由をつけては、神殿に顔を出していた。
フィンの淹れる茶を飲みながら、他愛のない話をする時間が、いつのまにか心地よくなっていたのだ。
「フィン殿では?」
ヴィンスが、あっさりとその名前を口にする。
「え、あ、フィンさんは、その、神官ですよ?」
慌てて取り繕おうとする陽向を、レオが横からじっと見つめていた。
「好きなのか」
単刀直入すぎる問いに、陽向は思わず声を上げる。
「話が早すぎません!?」
「早いか遅いかは関係ない」
レオは、いたって真面目な顔でそう言う。
「顔を見ればわかる」
「わかるんですか、それ」
「わかりますよ」
ヴィンスまで、涼しい顔で同調してくる。
二人の視線に居たたまれなくなり、陽向はソファに顔を埋めた。
「……分からないです、自分でも」
くぐもった声で、そう漏らす。
フィンのことを考えると、他の誰とも違う、穏やかな安心感がある。
けれど同時に、神官という立場のことも、頭の片隅で引っかかっていた。
「神官は、結婚しない決まりがあるとか」
「らしいですね」
ヴィンスが、静かに相槌を打つ。
「だから、余計に何とも言えなくて……」
複雑な胸の内を、陽向は言葉に変えようと、しばらく苦心していた。
そんな陽向を、レオとヴィンスは、何も急かすことなく見守っていた。
「まあ、焦る必要はありません」
ヴィンスが、穏やかにそう締めくくる。
「気持ちが定まってから、動けばいいことです」
レオも、小さく頷いた。
二人の優しさに、陽向は少しだけ救われる思いがした。
自分でもまだ整理のつかない気持ちを、ゆっくり見つめていく時間を、もらえた気がした。




