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オメガだとわかって絶望したのに、気づけば四人の夫に愛されています  作者: チュチュ


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市場へ


あの日以来、ヴィンスとは気まずい距離が続いていた。


顔を合わせる機会も減り、屋敷を訪れることもなくなっていた。


そんな折、神殿からの遣いが、一つの用件を伝えてきた。


「市場の視察に、陽向様も同行していただきたいとのことです。護衛として、宰相閣下も」


「……ヴィンスさんが?」


「治安維持は宰相閣下の管轄でもありますので」


公務だと言われては、断る理由もなかった。


結局、陽向はレオとヴィンスの両方を伴って、王都の市場へ向かうことになった。


三人での外出は、いざ始まってみると、なんともちぐはぐな空気だった。


レオは、いつも通り黙々と隣を歩くだけ。


ヴィンスは、努めて平静を装いながらも、以前のような軽やかさは鳴りを潜めている。


その間に挟まれた陽向は、居心地の悪さを感じながら、なんとか会話をつなごうとしていた。


市場は、色とりどりの露店で賑わっていた。


香辛料の匂い、威勢のいい呼び込みの声、布地の鮮やかな色彩。


異世界のこの光景に、陽向は少しずつ気を取られていく。


「あちらの店は、この国でも指折りの織物商です」


ヴィンスが、努めて事務的な口調で説明を添える。


「あの露店の親父は、昔から偏屈で有名だ」


レオも、ぽつりと補足を挟む。


珍しく息の合った案内に、陽向は思わず小さく笑ってしまった。


二人とも、無理に会話を作ろうとしているのが伝わってくる。


その不器用な気遣いが、なんだか少しおかしかった。


一軒の菓子屋の前で、足が止まった。


並んだ焼き菓子の中に、最後の一つが残っている。


「陽向に」


「陽向に」


レオとヴィンスの声が、ぴったり重なった。


互いに菓子を手に取り、同時にこちらへ差し出してくる。


二人とも、相手の存在にはっとしたように、気まずく視線を逸らした。


「……二人とも、自分で食べてください」


呆れ半分、おかしさ半分で、陽向はそう言うしかなかった。


「陽向様のために」


「俺も、お前のためだ」


「結果的に張り合ってどうするんですか」


思わず笑ってしまうと、二人もばつが悪そうに、それぞれ菓子を頬張り始めた。


そんな他愛のないやり取りを重ねるうち、張り詰めていた空気も、少しずつ和らいでいった。


市場の外れに差しかかったとき、人混みの中から、小さな泣き声が聞こえてきた。


迷子になったらしい子どもが、一人でしゃがみ込んで泣いている。


真っ先に動いたのは、ヴィンスだった。


誰に見せるでもなく、そっと子どもの前に膝をつく。


「大丈夫、迷子になっただけだよ。お母さんは、どんな服を着ていたか覚えてる?」


目線を合わせ、穏やかな声で語りかけるその横顔には、いつもの計算高さも、営業用の完璧さもなかった。


ただ、目の前の小さな不安に、まっすぐ向き合っている顔だった。


その姿を、陽向は少し離れた場所から見つめていた。


(計算していない、ヴィンスさんだ)


初めて見る表情だった。


これまで見てきたどんな微笑みよりも、その顔は自然で、飾り気がなかった。


胸の奥で、何かが小さく揺れる。


子どもの母親が駆けつけ、何度も頭を下げながら礼を言うのを、ヴィンスは涼しい顔で見送った。


いつもの余裕ある微笑みに戻っていたが、その一瞬だけは、確かに素のままの彼だった。


あの日感じた怒りは、まだ完全には消えていない。


けれど、この人の中に、確かに嘘のない部分もあるのだと、陽向は静かに実感していた。

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