全部知ってる
それから、ヴィンスとの逢瀬は、ひと月のうちに何度か重ねられた。
会うたびに、陽向はヴィンスの気遣いの細やかさに驚かされていた。
「今日は、少し冷えますね」
そう言って差し出されるのは、いつも陽向の好みにぴったりの温かさの飲み物だった。
出される菓子は、必ず陽向の好きな甘さのもの。
苦手な香辛料が使われた料理は、なぜか一度も出てきたことがない。
散歩の道を選ぶときも、陽向が疲れにくい平坦な道が、さりげなく選ばれていた。
「疲れていらっしゃいますね。今日はこのあたりで切り上げましょうか」
顔に出ていないはずの疲労すら、ヴィンスは正確に見抜いてくる。
その完璧さは、最初こそ心地よかった。
まるで、長年一緒にいる誰かのように、自分のことをよく分かってくれている。
そんな安心感があった。
けれど、王宮からの帰り道に浮かんだあの疑問——ヴィンスは何が好きなのか——は、会うたびにむしろ大きくなっていった。
好みの飲み物、好みの菓子、心地よい会話の間合い。
その全部が、陽向を中心に組み立てられている。
そのことに気づいてしまうと、もう元には戻れなかった。
思えば、ヴィンスは自分のことをほとんど話さない。
会話の中心は、いつも陽向のことばかりだった。
それが自然すぎて、これまで気づきもしなかった。
次にヴィンスと会ったとき、陽向は思い切って切り出してみることにした。
「ヴィンスさんの好きな食べ物って、何ですか」
不意打ちの質問に、ヴィンスは一瞬、目を瞬かせた。
「……私、ですか」
「そうです。ヴィンスさんの」
「そうですね……特に、意識したことは」
いつも淀みなく話すヴィンスにしては、珍しく歯切れの悪い返答だった。
陽向は、畳みかけるように質問を続ける。
「休みの日は、何をしてるんですか」
「休日……ここ数年、取った覚えがありません」
「そんな働き方、体に悪いですよ」
「ご心配、痛み入ります」
そう言いながらも、ヴィンスの視線は、どこか落ち着かなげに揺れていた。
「苦手なものは?」
「苦手、ですか」
ヴィンスは、そこで初めて、本当に困った顔をした。
完璧な微笑みの下に隠れていた素の表情が、わずかに覗いた瞬間だった。
「参りましたね。こんなにも、答えに詰まる質問をされたのは、久しぶりです」
苦笑まじりのその言葉には、いつもの余裕とは少し違う響きがあった。
「自分のことを聞かれるの、慣れてないんですか」
「……そうかもしれません」
ヴィンスは、しばらく考え込むように黙っていた。
その沈黙は、これまでの彼らしくない、どこか不慣れなものだった。
陽向は、そんな彼の様子を、興味深く見つめる。
完璧に見えていた宰相の、初めて見る隙間だった。
その隙間の奥に、まだ知らない何かが隠れている気がして、陽向は少しだけ、その先が気になり始めていた。
完璧な笑顔の下に、一体どんな素顔が隠れているのだろう。
その日以来、陽向はヴィンスに会うたび、少しずつ質問を重ねるようになった。
すぐには答えが返ってこないことも多かったが、それでも構わなかった。
いつか、この人の本当の輪郭に触れられる日が来る気がしていた。




