第五話 世界一の魔法修理師
二週間ぶりの講習で、俺はハンナ先生にすべて話した。
コードが見えること以外は。
先生の火を思い出して真似したこと。魔力を減らして実行したこと。小さな火は出たが、止め方がなく、布を焦がしたこと。
ハンナ先生は途中で口を挟まず、最後まで聞いた。
「隠さず話したことは評価します」
「はい」
「ですが、約束を破ったことは別です」
「はい……」
「今日は私の隣から離れないこと。火の練習も、ほかの子が終わった後です」
講習中止にならなかっただけ、ありがたい。
ほかの子供たちが手のひらへ光を集める間、俺は先生の横で補助をした。水桶の位置を確認し、気分が悪くなった子を日陰へ案内する。
全員の練習が終わる頃には、太陽が少し西へ傾いていた。
「では、レオン」
「はい」
「あなたが使った術式を、最初から再現してください。ただし、実行は私が許可してから」
先生の前で右手を出す。
火を思い描くと、コードが現れた。
power = 1
mana = 4
create_fire(power)
失敗した時の形が、俺の中に残っていた。
「準備できました」
「火を出す前に聞きます。どうやって消しますか?」
「……分かりません」
「正直でよろしい」
先生は小さな蝋燭を地面へ置いた。
「火種の魔法は、本来、燃える対象へ着火するためのものです。何もない空中へ炎だけを作る使い方は想定されていません」
「先生は、指先に浮かべてました」
「見本として、別の保持術式と消火術式を重ねていました」
見えていた表面コードの奥に、大量の処理があった理由の一つだろう。
俺は三行だけをコピーし、見えなかった周辺処理を省いた。
「一部だけ真似したから……」
「術式は、一つの形だけで働いているとは限りません。理由の分からない線を勝手に省けば、必要な機能まで失うことがあります」
耳が痛い。
俺が前世から守ってきたはずの原則を、十歳の身体になった途端、好奇心に負けて破っていた。
「今日は空中に火を作りません。この蝋燭の芯だけを対象にします」
先生は蝋燭の横へ、手のひらほどの透明な水晶を置いた。講習で使った魔力を測る道具だ。魔法が終わると、消費量が数字で浮かぶ。
先生が俺の指先を、蝋燭へ向ける。
対象を意識すると、コードに一行が加わった。
target = candle_wick
power = 1
mana = 4
create_fire(target, power)
今度の火は、芯へ燃え移る。魔法を止めても、蝋燭の火は残る。そして消す時は、息を吹きかければいい。
「実行してよろしい」
俺は周囲を確認し、処理を実行した。
赤い点が生まれ、蝋燭の芯へ触れる。
小さな火が灯った。
すぐ魔法を停止する。
視界のコードは消えたが、蝋燭は静かに燃えている。
測定水晶に、`4`が浮かんだ。
「成功です」
先生が言った。
俺は息を吹きかけ、火を消す。
今度は、最後まで自分で止められた。
「先生。普通は、この火に魔力をどれくらい使うんですか?」
「この測定水晶なら、初心者は十ほどを示します。慣れれば八程度でしょう」
「俺は四です」
先生の目が細くなった。
「もう一度、同じ条件でできますか?」
「はい」
二本目の蝋燭。
同じコード、同じ数字、同じ対象。
実行。
火が灯る。
三本目も成功した。
「魔力切れの感覚は?」
「ほとんどありません」
「……不思議ですね」
先生には、俺が内部の数字を変えていることは見えない。
しかし、結果まで隠すことはできない。
「どうやったのですか?」
俺は答えに迷った。
コードが見えると言えばいいのか。
前世の記憶を話すのか。
でも、自分でも何が起きているのか説明できない。理解していない力を、理解したように話すべきではない。
「術式の流れが……細かく分かるんです」
「流れ?」
「どこで魔力を使って、どこで火を作ってるか。全部じゃないけど、文字みたいに見える時があります」
先生は笑わなかった。
「以前から?」
「先生の火を見た日が初めてです」
「ほかの人の術式も?」
「見えることはあります。でも、自分のものみたいには変えられません」
完全な告白ではない。
けれど、これ以上一人で抱え込んで実験しないためには、誰かに知らせる必要があった。
先生はしばらく考え込んだ。
「聞いたことのない感覚です。ただ、魔力を色や音として感じる人はいます。あなたの場合、それが文字に近いのかもしれません」
「変じゃないですか?」
「珍しいことと、悪いことは同じではありません」
少しだけ、肩の力が抜けた。
「ただし、今日から記録をつけます。見えたもの、変えたもの、結果、体調。私かご家族がいる時だけ試すこと」
「はい」
「それを守れないなら、私は教えられません」
「絶対に守ります」
今度は、迷わず答えた。
◇
家へ帰ると、父さんが工房で魔導灯を直していた。
俺は講習で起きたことを話した。文字のようなものが見えることも、父さんと母さんにだけ伝えた。
父さんは驚いたが、やはり笑わなかった。
「それで、お前はその力をどうしたい?」
母さんが淹れた薬草茶を挟み、父さんが聞く。
強い魔法を撃ちたいわけではない。
誰かと威力を競いたいわけでもない。
魔法を好き勝手に書き換えたいわけでもなかった。
給湯器の不調を見つけた時、宿屋の主人は喜んでいた。
蝋燭へ少ない魔力で火を灯せた時、ハンナ先生は驚いていた。
世の中には、動きにくい魔導具や、無駄に魔力を使う魔法が、きっとほかにもある。
「俺、魔法を直す人になりたい」
「魔導具の修理職人か?」
「ううん。魔導具だけじゃない」
俺は自分の手のひらを見る。
「魔法そのものを直すんだ」
父さんが太い眉を上げた。
「魔法を修理する職人なんて、聞いたことがないぞ」
「じゃあ、俺が最初になる」
言葉にすると、胸の中で何かが定まった。
前世では、壊れたものを直し続けた。
誰にも知られず、直って当然だと思われる仕事だった。
それでも、直った瞬間は嬉しかった。
今度の人生では、それを自分の夢と呼んでもいいのかもしれない。
「俺は、世界一の魔法修理師になる」
工房が静かになった。
母さんが、最初に笑った。
「素敵ね」
父さんは腕を組んだまま、しばらく難しい顔をしていた。
「世界一を名乗るなら、直したあとに三回は試験しろ」
「そこ?」
「一度動いただけで客へ返す修理師は、世界一どころか半人前だ」
「分かってるよ」
「それから、一人で危ない試験をするな」
「分かってます」
「分からないものを勝手に消すな」
「父さん、俺よりプログラマ向きかも……」
「ぷろぐらま?」
「なんでもない」
父さんが首を傾げる。
俺は壁の焦げた布を見た。
最初から上手くできるとは思わない。
知らないことも、失敗することも、これから山ほどあるだろう。
そのたびに調べる。
原因を探す。
小さく直して、何度も確かめる。
壊れているなら、放っておかない。
「壊れてるなら、直せばいい」
俺の呟きを、父さんは聞き逃さなかった。
「直す前に原因を調べろ」
「……はい」
世界一への道は、どうやら注意事項から始まるらしい。




