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転生プログラマの魔法デバッグ ~この魔法、クソコードすぎる~  作者: 空乃真芽


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第六話 魔法の健康診断


 世界一の魔法修理師になる。


 そう宣言した翌朝、俺が最初に直面した問題は、寝癖だった。


「世界一になる前に、後ろ向いて」


 母さんに髪を濡らされ、櫛で引っ張られる。


「痛い、痛い」


「じっとしていればすぐ終わります」


「自分でできるよ」


「昨日もそう言って、右側だけ跳ねていたでしょう」


 自分でやったほうが早い、とは限らないらしい。


 朝食を終えると、俺は一冊の帳面を持って集会所へ向かった。


 ハンナ先生との約束で作った、魔法の記録帳だ。


 日付。試した処理。変更した数字。結果。体調。


 前世の障害管理票より簡単だが、何も残さないよりはずっといい。


「ずいぶん細かく書きましたね」


 帳面を開いた先生は、感心したような、少し呆れたような顔をした。


「同じことが起きた時に、前の結果を見られるから」


「十歳の子供から出る答えとは思えません」


「父さんを見て覚えました」


 これは半分本当だ。


「今日は、あなたに見えているものを調べます」


 集会所の裏庭には俺と先生しかいない。父さんも仕事を早めに切り上げ、少し離れた場所で見ていた。


 先生は石の台へ蝋燭を一本置く。


「私が火種を灯します。あなたは術式の流れを見てください。変更はしないこと」


「他人のは変えられません」


「できると思って触ろうとしない、という約束です」


「はい」


 先生が指先を向ける。


 短い詠唱。魔力が集まり、半透明のコードが浮かんだ。


power = 5

mana = 10


create_fire(power)


 最初に見たものと同じだ。


 だが今回は、表面だけで止めない。折り畳まれた奥へ慎重に意識を向ける。


 文字の層が開いた。


base_cost = 4

control_cost = power + 1

reserve_cost = 5


required_mana = base_cost + control_cost + reserve_cost


「見えた……」


「何が書いてありますか?」


「基本で四。火を制御するのに、強さへ一を足した分。予備で五。それを全部足してます」


 先生の`power`は五だ。


 四足す六足す五。合計十五になるはずだ。


 なのに表面には`mana = 10`と表示されていた。


「数字が合わない」


 さらに読む。


mana = min(required_mana, 10)


 最大十に丸められている。


 必要量が十五でも、十しか確保しない。足りない五はどうなる?


 先生の指先の炎が、わずかに揺れた。


 別の処理が開く。


if mana < required_mana:

reduce_stability()


「あ」


「どうしました?」


「先生。その火、たまに揺れませんか?」


「火ですから、揺れますよ」


「風がなくても?」


 先生が炎を見た。


 今日は穏やかな日で、木の葉もほとんど動いていない。それでも指先の火だけが、一定の間隔で左右へぶれていた。


「昔から、火種はこういうものだと……」


 先生の声が小さくなる。


 古い術式は、必要な魔力を計算している。


 その直後に、理由も分からず上限を十へ固定していた。


 結果として安定性を犠牲にし、別の制御処理で揺れを抑えようとしている。


「何で上限が十なんだ?」


 コメントはない。


 処理が追加された時期らしき薄い数字だけが見える。


 かなり古い。


「消せば、十五使って安定するのかな」


「消す?」


「いえ、今は何もしません」


 他人の術式だから、そもそも触れない。


 仮に自分の術式なら消していたか。


 答えは、まだ出せなかった。


 なぜ十なのか分からない。昔の人間が適当に決めた可能性もある。人間が安全に一度に流せる量を考慮した可能性もある。


「先生。火種の魔法を使ったあと、具合が悪くなった人はいますか?」


「初心者が何度も使えば、魔力切れになります。ただ、この術式一回で倒れたという話は聞きません」


「じゃあ、十にしてるのは安全のためかもしれない」


 先生は俺の帳面へ視線を落とした。


「書いておきなさい。分かったことだけでなく、分からなかったことも」


 俺は新しいページを開いた。


 火種の標準術式。


 計算上の必要魔力は十五。上限十。安定性低下。


 上限の理由は不明。削除禁止。


「直さないのか?」


 見守っていた父さんが聞いた。


「今は、どこが悪いかも分からないから」


「火が揺れるんだろう?」


「揺れを止めたら、使う魔力が増える。子供や魔力の少ない人が倒れるかもしれない」


 父さんは満足そうに口元を緩めた。


「健康診断みたいなもんだな」


「健康診断?」


「悪そうなところを見つけても、いきなり切り取ったりはしないだろ。よく調べる」


 なるほど。


 今日は魔法を直せなかった。


 でも、何もできなかったわけではない。


 表面では正常に動いている火種に、隠れた不安定さがあると分かった。


 魔法にも健康診断が必要なのかもしれない。


 直すのは、そのあとだ。


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