第十一話 見えない数字の教え方
「昨日の火、もう一回教えて」
講習が終わったあと、ニナが俺の袖をつかんだ。
彼女はパン屋の娘で、俺と同じ十歳だ。小さな火なら出せるけれど、十回続けると後半ほど大きさがばらつく。
「いいよ。前と同じように、魔力を半分くらいにして――」
「半分って、どこ?」
言われて、俺は口を閉じた。
俺には数字が見える。
mana = 10
flame_size = 3
十を五にするなら簡単だ。頭の中で数字を変えればいい。
でも、ニナには十も五も見えない。
「昨日は、もっと細く流すって言ったよね。でも細くすると火が消えるし、強くすると熱いし……」
「ごめん。教え方が悪かった」
正しいコードを知っていても、相手が操作できなければ役に立たない。
前世でも似たことがあった。使う人へ画面を見せず、「内部ではこの値が変わっています」と説明しても困らせるだけだ。
俺に必要なのは、ニナにも分かる目印だった。
◇
家へ帰ると、俺は工房の隅から同じ大きさの小石を十個拾った。
「お兄ちゃん、お店屋さんするの?」
ミアがしゃがみ込む。
「魔力を売る店」
「一個ください」
「一個だと火が消えるかもしれません」
「じゃあ三個」
適当に答えたはずなのに、悪くない。
十個の石を一列に並べ、使う魔力の分だけ前へ出す。数字が見えなくても、量の比べ方なら作れる。
次に、父さんから細い革ひもと木片をもらった。木片へ三本の線を刻む。
一本目は、指先が温かくなるところ。
二本目は、火が安定するところ。
三本目は、熱すぎて止めるところ。
「何を作ってる」
父さんが作業台越しに聞いた。
「見えない数字の物差し」
「数字が見えないなら、数字を教えるな」
「え?」
「職人は音や匂いでも異常を覚える。客に導線の抵抗値を説明しても、毎朝の道具の点検には使えん。いつもと違う音がしたら止めろ、と教える方がいい」
まさにそれだった。
俺は数字を別の数字に置き換えようとしていた。
必要なのは、体で確かめられる基準だ。
◇
翌日、ニナに小石を渡した。
「最初は十個が全部あると思って。今日は三個分だけ使う」
「三個なら分かる」
「火を出す前に、息を一度だけ吐く。指先が温かくなったら、そこで魔力を増やすのを止める。熱いと思ったら、すぐ消す」
「火の大きさは?」
地面へ丸を描く。
「この丸から出ない大きさ」
ニナがうなずき、指を立てた。
「灯火よ」
小さな炎が生まれる。
最初は丸の端まで膨らんだ。ニナが驚いて手を引き、火が消える。
「失敗?」
「止められたから半分成功。熱いと思ったら止める、はできた」
二回目。炎は小さすぎて、風に消えた。
三回目。丸の中央で、親指ほどの火が揺れた。
俺にはコードが見えている。
数値は俺の魔法と違う。ニナは少し強めに魔力を押し出す癖があり、同じ数字へ直したら逆に不安定になる。
だから、書き換えない。
「今の感覚を覚えて。指先は?」
「温かい。でも熱くない」
「息は?」
「ちょっと余裕がある」
「じゃあ、同じ手順でもう一回」
四回目、五回目、六回目。
炎の形は少しずつ違う。それでも全部、地面の丸に収まった。
十回目を終えて、ニナはまだ立っていた。
「できた!」
「うん。昨日より魔力も残ってる」
「数字、見えた?」
胸が一瞬だけ冷えた。
コードのことは話していない。俺は術式の流れが細かく分かる、とだけ説明している。
「直接見えるわけじゃないよ。火の様子と、魔力の流れを見てた」
完全な嘘ではない。
ニナは小石を袋へ戻しながら笑った。
「じゃあ、この石があれば家でも練習できるね」
「一人ではやらないこと。水を用意して、大人がいる時だけ。三回ごとに休む」
「分かってるって」
念を押してから、俺は気づいた。
俺が直したのは、ニナの魔法ではない。
魔法へたどり着くための手順だ。
見えるものを、そのまま渡すことはできない。
でも、見えない相手が使える形へ変えることはできる。
その日の帰り道、ハンナ先生が隣を歩きながら言った。
「レオン。今度、村の子全員にその教え方を試してみない?」
「全員ですか?」
「あなたのやり方が、ニナだけに通じたのか。ほかの子にも通じるのか。確かめないとね」
一人に動いたからといって、全員に動くとは限らない。
父さんなら、直ったように見えても再試験しろと言う。
「やります」
俺は小石の袋を握り直した。
魔法より難しいものを、また一つ見つけた気がした。




