第十二話 書き換えられない魔法
魔法の教え方を試す日は、予定より早く終わるはずだった。
小石で魔力量の目安を作り、地面の円で灯火の大きさをそろえる。十人の子供を二人ずつ組ませ、一人が魔法を使い、もう一人が火の大きさと休憩を確認する。
俺のやり方が合わない子もいた。
指先の温かさが分かりにくい子には、息の苦しさを目印にした。火を出す瞬間に力んでしまう子には、詠唱の前に肩を上下させた。
全員へ同じ手順をコピーするのではなく、少しずつ変える。
講習が終わる頃には、誰も倒れずに五回ずつ灯火を出せていた。
「成功ね」
ハンナ先生が言った直後だった。
「待って、消えない!」
ニナの声がした。
見ると、ダリオの右手に灯火が残っていた。
詠唱は終わっている。本人も止めようとしているのに、青白い火が指へ貼りついたまま消えない。
「手を振らないで!」
ハンナ先生が子供たちを下がらせる。
俺はダリオの魔法へ集中した。
flame = create_flame(mana)
while maintain:
keep(flame)
本来なら、本人が維持をやめれば`maintain`が偽になり、火は消える。
でも値が切り替わっていない。
直せる。
俺は頭の中のキーボードへ手を伸ばした。
`maintain = False`。
ただ一行、変えればいい。
透明な画面に赤い文字が浮かんだ。
READ ONLY
ACCESS DENIED
指が止まる。
もう一度、編集しようとする。
同じ文字。
これは俺の魔法ではない。
見える。でも、触れない。
「レオン!」
ハンナ先生の声で現実へ戻る。
「書き……術式を止められません!」
「原因は分かる?」
「止める意思が、術式へ届いてない。本人の魔力の流れを切る必要があります」
ハンナ先生は迷わなかった。
「ダリオ、私を見て。火じゃなく、腕の付け根を意識して」
「できない! 熱い!」
「火は防護膜の外よ。まだ指は焼けてない。息を吐いて、肩を下げる」
俺にもできることがある。
コードは変えられない。でも、どこで流れがつながっているかは読める。
「右手じゃない。右肩から肘へ流れてる魔力を止めて。水路の栓を閉めるみたいに!」
「栓って、どこだよ!」
教える言葉が通じない。
ダリオは薪割りをよく手伝っている。水路より、体で知っているものがある。
「斧を振り下ろしたあと、力を抜くだろ! ずっと握ってたら次が振れない!」
「……あ」
「今、斧を置け!」
ダリオの肩が落ちた。
`maintain`が切り替わる。
青白い火は、煙も残さず消えた。
その場に座り込んだダリオを、ハンナ先生が診る。指に火傷はない。魔力切れの手前で、少し休めば歩けるという。
俺は安心するより先に、赤い文字を思い出していた。
◇
「他人の術式へ干渉する魔法は、王国でも厳しく制限されているわ」
子供たちを帰したあと、ハンナ先生が言った。
「できないのが普通。もし誰でも他人の魔法を書き換えられたら、治癒も防御も信用できなくなるもの」
「でも、見えていたのに」
「見えることと、動かせることは違う」
父さんが魔導具を直す時もそうだ。症状が分かっても、部品がなければ直せない。持ち主の許可なく分解していいわけでもない。
俺はどこかで、読めるコードならいつか編集できると思っていた。
世界は、俺のために開かれた教材ではない。
「今日の失敗は、俺が全員に灯火を繰り返させたせいです」
「繰り返したことだけが原因ではないわ。ダリオは一度消えかけた火へ、慌てて魔力を足した。その時、維持の感覚を手放せなくなった」
「止め方を先に練習させるべきだった」
「それは、次から変えましょう」
叱られると思った。
けれど先生は、記録用の紙を俺へ差し出した。
「起きたことを順番に書いて。うまくいった説明も、通じなかった説明も。隠す方が危険よ」
俺は、灯火を始める前の状態から書いた。
誰がどの順番で使ったか。
火が消えかけたこと。
魔力を追加したこと。
停止の指示が届かなかったこと。
腕の付け根、水路の栓という説明は通じず、斧を置くという説明で止まったこと。
最後に、次回から最初の一回を「出す練習」ではなく「消す練習」にすると書いた。
「これでいい?」
「ええ。事故をなかったことにせず、次の安全へ変えられている」
赤い文字は、まだ頭に残っている。
他人の魔法は書き換えられない。
なら、本人が止められる方法を作る。
何でも直せる力はない。
それでも、直すためにできることは一つではなかった。




