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忌み指輪の召喚令嬢 ~ 辺境伯の娘は闇ギルドと手を結ぶ  作者: 佐藤猛山
第8章「指輪の宿命」

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7 殺意の業

ゼリア神の降臨を阻止したエルヴィアは、ひたすらに東へ向かって歩く

 まだ混乱している夜の王都を抜け、エルヴィアは東を目指した。


 街外れの転送石(ポータル)から、サルディアへ向かう。

 もう辺りは暗闇に包まれているはずなのに、やけに視界が明瞭だった。


 (ああ、そうか――)


 夜目が利いているのも、〝夜の祖〟の力なのだろう。

 今更、それに気づいて、なぜか少し笑えてくる。


 街道を、さらに東へ歩く。

 途中、王都から逃げて砦の町へ向かう避難民を見かけた。

 

 ゼリア神の危機は去ったとはいえ、まだ王都が荒れているのは変わらない。

 力なき民の安寧は、まだ遠いのだという現実を噛み締める。


 やがて、サルディアの町が見えてきた。


 そこでふと、エルヴィアは考える。


 スーラ=マナ、そしてカシィルという獣の力によって、おそらくエルヴィアは過去に戻ってきた。

 王都の焼け跡を見た後の自分は〝ここ〟にいる。


 では、〝過去の自分〟は、どうなってしまったのだ?

 そして、共に王都へ行ったネラやゲルヴは、どうなったのか?


 考えれば考えるほど、分からなくなった。


 サルディアの隠れ家へ向かう。

 その道の途中に、見慣れた姿があった。


 「――エル!」


 こちらへ走ってくるのは、アニスだった。

 エルヴィアも彼女に駆け寄るが――


 アニスは、突然、足を止めた。


 「エル、あなた……」

 

 琥珀色の瞳には、戸惑いや疑念の感情が浮かんでいた。

 アニスは、一歩後ずさり、鋭い声を上げる。

 「何者だ? その姿――まさか、エ(・)ル(・)の(・)身(・)体(・)を(・)乗(・)っ(・)取(・)っ(・)た(・)のか?」


 そうか――

 アニスは、〝夜の存在〟の臭いを嗅ぎ分けられるのだ。


 「エルになにをしたッ?」

 「待って、アニス――私の話を聞いて!」


 アニスの手にはダガーが握られている。

 「私の名を、どこで知った?」

 「どこもなにも……あなたは私の友人のアニス。共に吸血鬼(ヴァンパイア)を討ち滅ぼし、東の地を旅した――」


 エルヴィアは、必死に過去の思い出を語った。

 そして、己の身に起こった、想像を絶する出来事を――


 「……それは、本当なの?」


 アニスの目から強い敵意は消えたものの、まだ半信半疑の様子だった。


 「簡単に信じられないのは分かってる。私だって、今も夢の中にいるかもしれないと考えるくらいだもの」

 それは、エルヴィアの本心だった。


 アニスはこちらを見つめ、なにか考えている。

 彼女は冷静で、理知的だ。

 きっと、自分や仲間にとって有益な決断をするだろう。


 「もう少し話を聞いてもいい。ただし、場所を変えさせてもらうわ」


    †


 アニスはエルヴィアを森の奥へと誘った。

 ここは、ベルアシーリアを手に掛けた、洞窟の近くだ。

 あの夜のことを思い出し、鬱屈した思いはさらに増していた。


 アニスは、例の洞窟へ向かって、真っ直ぐに歩いていく。

 そして、とうとう洞穴の中へ入っていった。


 エルヴィアは、躊躇する。

 アニスが「どうしたの?」と急かすので、重い身体をどうにか動かし、洞穴の中へと足を踏み入れた。


 光る琥珀色の目がこちらを見据える。

 「随分と、具合が悪そうね」


 アニスの言葉が、はっきりと頭に入ってこない。


 彼女の琥珀色の瞳に見つめられるうちに、ベルアシーリアの恨みがましい視線が脳裏に浮かんだ。

 その視線は、ひとつなぎに厭な記憶を呼び起こす。 

 

 ベルアシーリアの背中に、ダガーを刺し入れる感触。

 黒い月(ノル=ミーロ)の者達が、その命を散らす瞬間。

 血の流れない傷から、闇が染み出してくる。

 その漆黒の澱が、身体に忍び込む。


 エルヴィアは、その場にうずくまった。

 涙を流していたかもしれない。

 呼吸の仕方すら、解らなくなる。


 「これは、あなたには言っていなかったけど――」


 アニスの声が、耳の奥で、二重に響く。


 「あの娘の死骸、どこかへ消えてしまったのよ」


 エルヴィアは、叫んだ。

 喉の奥の、血の臭いだけが、やけにはっきと感じられる。

 それ以外は、なにもかも曖昧で、やがて、意識が途切れた。


 気づけば、アニスに身体を支えられていた。

 「ごめんなさい――少しやりすぎたわ」


 少しずつ、身体の感覚が戻ってくる。

 服が汗と涙に塗れていることに気づき、不快感を覚える。


 「あなたの胸にあるのは、人間の心よ……さあ、もう出ましょう」


    †


 サルディアの隠れ家へたどり着く。

 夜は過ぎ去り、朝日が顔を覗かせている。


 「あんな試し方をしたと知れば、ネラに叱られるわね」


 アニスは甲斐甲斐しくエルヴィアを介抱してくれた。

 苦しい思いはしたが――

 それでも、自分を信じてもらえたことで、エルヴィアは安堵した。


 「もうすぐ交代の人員がやって来る。皆で、消えたあなたを探していたのよ」


 そんな状況になっていたのか。


 アニスによれば、スーラ=マナに初めて出会った日、エルヴィアの姿は忽然と消えてしまったそうだ。


 「そのスーラ=マナに会ったなんて話、誰もしていないわ」


 ならば――あれは全て幻の出来事だったのだろうか。

 それとも、エルヴィアだけに起こった現実なのか。


 「不思議な話しだけど……あなたが変わってしまったのは確かよ。なら、受け入れるしかないかもしれないわね」


 ひょっとすると――

 骨の指輪を指に通した時から、自分はこうなる運命にあったのかもしれない。


 「アニス……訊きたいことがあるわ」

 「なに?」

 「ベルアシーリアのことよ。彼女の死骸が消えたというのは、本当?」


 アニスの顔が一瞬、強張ったが、すぐに表情を和らげる。

 「ええ……ただ、気になるかもしれないけれど、その話は後にしましょう」


 あの夜、彼女は確かに、この腕の中で息絶えたはずだ。

 今も、その感触を思い出せる。

 それなのに――

 

 彼女もまた、運命の悪戯に翻弄され、この世を彷徨っているのか?

 そんなおかしな考えが、なぜかエルヴィアの心に住み着いた。

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