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忌み指輪の召喚令嬢 ~ 辺境伯の娘は闇ギルドと手を結ぶ  作者: 佐藤猛山
第8章「指輪の宿命」

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6 常闇の訪れ

 太陽は、もはや彼方の山の陰へ隠れようとしていた。

 一際に強い光を残し、やがて王都には闇が降りる。


 エルヴィアは、己の首元に手をやる。

 刃に貫かれたはずが、なぜか傷痕はなかった。


 「異端者め――」

 黒い月(ノル=ミーロ)の男は、再び杖を掲げる。

 その先端から、光の矢が放たれるが――


 光が身体に当たると思った瞬間、エルヴィアは別の場所にいた。

 杖を持つ男の目の前だ。


 「なッ……!」


 男は、杖を振り回すが、それはエルヴィアには当たらず、虚空に踊った。

 気づけば今度は、男の背後に立っている。


 (これは……)


 攻撃を避けようと思った瞬間には、身体が別の場所へ移動している。

 エルヴィアは困惑したが、やがてすべきことを思い出した。


 (今は――彼らを止めなければ)


 異変に気づいたのか、石の輪の前で祈っていた者が、振り返る。

 「どうした?」

 「こ、こいつが……いや、詠唱を止めるな!」


 エルヴィアは、未だ祈っている者達へ近づく。

 それを止めようと、光る矢や雷が浴びせられるが――

 かすり傷ひとつ負うことはなかった。


 「なぜ当たらないッ?」


 石の輪に近づくにつれ、身体のひりつきも増す。

 黒い月(ノル=ミーロ)の男は、ついに杖を投げ捨て、エルヴィアにつかみかかった。

 しかし――


 「うあぁッ……」


 嫌な感触が、エルヴィアの身体に伝わる。

 忘れもしない、あの感覚――


 (ベルアシーリア……)


 彼女を刺した時の、強烈な不快感。


 男は痙攣し、その顔は歪んでいた。

 辺りはもう暗いというのに、それはやけにはっきりと見えた。


 エルヴィアをつかんだ男の手を押しのけると――

 下方から伸びた鋭利な〝串〟から、男の身体がずるりと抜け落ちた。

 男はそのまま、石畳の上に転がった。


 「――なんだ、なにが起きた?」

 石の輪の側にいた者達が、次々に振り返る。

 そして、エルヴィアの姿を見て、狼狽した。


 「ば、化け物ッ」


 (ああ、やはり――)


 そ(・)う(・)見(・)え(・)て(・)い(・)る(・)のか。


 黒い月(ノル=ミーロ)の者達が、杖を手に取る。

 だが、彼らが魔術を行使する前に――


 周囲のあらゆる影から、〝闇〟が染み出した。

 それは、たちどころに殺意を剥き出しにした形状へと変わる。


 目の前の光景は、悪夢そのものだった。


 黒い月(ノル=ミーロ)の徒は、驚きの声を上げる間もなく〝悪魔の手〟に――

 否、〝悪魔の群れ〟に捕らえられた。


 切り裂かれる者。

 貫かれる者。

 それら全てが息絶える感触が、身体に伝わってくる。


 動くものはもう、なかった。

 視線の先には、いくつかの骸と石の輪。

 エルヴィアは、ゆっくりと石の輪に近づく。


 石の輪は、紫の微光を放っている。

 これを破壊すれば、おそらくゼリア神が降臨することもないだろう。


 ふと足元を見ると、銀色の槌を握っている骸があった。

 華美な、それでいて力強い装飾が施されたその槌を、骸の手から取り上げる。


 エルヴィアは力を込めて、槌を石の輪へ打ち付けた。

 何度か叩くと、石はやがてひび割れ、輪の一部は崩れ落ちた。

 紫色の光は消え、周囲は完全に夜の帳に包まれた。


 これで、終わったのか――


 「どうやら、無事に成し遂げたようだ」


 気づけば傍らに、スーラ=マナが立っていた。

 「これで、世界の歪みは是正された」


 エルヴィアは、しばし放心した。

 聞きたいことは沢山ある。

 しかし、なにを尋ねようと、今、感じている虚しさや、やるせなさが消える気はしなかった。


 「彼らのように、代価を払わず力を得ようとする者が、いつの時代も現れる」

 スーラ=マナが口を開く。

 「その理に外れた行いを滅するために、神との契りが成される」


 「それが――〈神の遺物〉が存在する理由なのですね」

 エルヴィアの問いに、スーラ=マナは頷く。


 理に背いた結果、生じる世界の歪みを訂するための力――

 その力を得るために、〈遺物〉を通して神との契約を結ぶということか。


 「これが、正しき行いなのですか? 人を殺めることになったとしても?」

 「それは人の理屈だ。しかし、その理屈で力を振るうのも、人に許された行いだ」


 正しさとは――人が生み出した観念。

 善も悪も、世界の理とは関わりがない、ということなのだろう。


 「私はもう、人ではないのでしょうか」

 「〝人〟である証とはなにか――その答えが分かれば、知れることだろう」

 「……質問を変えます。私が得た力は、一体なんなのですか」


 スーラ=マナは、微笑みを絶やさずに答えた。

 「〝夜の祖〟……冥府の神の一柱、血に群がる不死の存在の力」


 (夜の祖、そして不死の存在――)

 

 おそらく、吸血鬼(ヴァンパイア)や、アニスのような混血種(ダンピール)に近いものだろう。


 「君には、適正があった。その指輪を身に着けていたから、さらに強い力を得ることができた」


 『君には大きな力を得る〝資格〟がある』


 あれは、そういう意味だったのか。

 エルヴィアは、左手の指輪を見つめる。


 「夜に生きること――それが捧げるべき供物だ」


 光とともに、スーラ=マナの声が反響する。

 顔を上げると、そこにはもう誰もいなかった。


 エルヴィアは、槌を持ったまま、立ちつくした。

 風の音に混じって、怒声や刃音が微かに聞こえてくる。


 サルディアの隠れ家や砦の町、そして仲間達の顔が心に浮かんだ。

 しかし、それらは、夢の中にだけある幻のように感じられた。

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