4 運命の岐路
「やっぱり、どこにもいないよ……」
三人で手分けして探したが、カシィルは見つからなかった。
働く場を失った小さな子どもが、ひとりで生きていくのは難しい。
「気になるのは分かるが……いつまでもこうしてはおれん」
ゲルヴが切り出した。
「少しでも早く砦の町へ戻り、巨人のことを報せるべきじゃ」
それ以外に、できることはないだろう。
今も、この状況が現実とは思えないが――
(それでも、動かなければ)
取り返しのつかないことになる前に。
エルヴィア達は、もと来た道へ引き返した。
†
転送石を通り、サルディアへ着くかという頃――
街道の向こうに、ぽつんと立ち尽くす人影が見えた。
それは、微動だにせず、こちらを見つめているようだった。
「あ、あれは……」
この既視感――
心臓の辺りが、やけに重苦しい。
人影に近づくにつれ、嫌な予感は確信へと変わる。
「なんで、ここに……?」
ネラも驚いている。
ゲルヴは、その人影の横に佇む獣を見て、それが何者かを悟ったようだ。
「あれが……スーラ=マナか」
前に出会った時のように、意図が読めない微笑を湛えている。
三人がその近くまで来ると、あちらが先に口を開いた。
「あれを見るといい」
スーラ=マナが、粗末な杖で西の方角を差す。
街道の彼方には――
燃え盛る火柱が、揺らめいていた。
「〝炎の巨人〟……いえ、ゼリア神――?」
エルヴィアが呟くと、スーラ=マナは頷いた。
「あれはマナを求め、東へ向かっている」
まさか、王都を離れたのは、それが理由なのか?
よりマナの濃い場所を求めて――?
「なんか、魔物みたいだね……」
ネラが呟く。
「貴殿は、賢者スーラ=マナなのか?」
ゲルヴが、掠れた声で尋ねた。
「もし、そうなのであれば……あの巨人を、ゼリア神を止めるすべを、授けてはくれまいか!」
スーラ=マナの表情は変わらず、ただ微笑んでいる。
「頼む! 必要であれば、この老いぼれの命を捧げてもかまわん!」
老魔術師は、真っ直ぐな目で賢者を見つめる。
しかし――
スーラ=マナはなぜか、エルヴィアへ向き直り、言った。
「選択するのは、君だ」
〝選択〟とは、どういう意味だ?
突如、強い耳鳴りがした。
息を呑んだその瞬間――
(……ここは?)
エルヴィアは、星空の中にいた。
周囲には、無数の眩い光点が輝いている。
風はなく、土を踏む感触もない。
ただ、宙に浮いているような、不思議な感覚だけがあった。
「ここは、〝全ての外〟にある場所」
目の前には、スーラ=マナと、白い獣がいる。
「君は今、どこにもいない」
言っている意味がよく解らない。
「解る必要はない。でも、君は決めなければならない」
賢者は相変わらず、あの微笑みを浮かべている。
でも、今は不思議と、気味悪さを感じない。
「あの〝星が降った日〟を覚えているかい?」
それは――
「王都が攻撃された日のこと?」
「そうだ。あの日、〝契約なき召喚〟が行われた」
スーラ=マナは、杖で遠くの星を差す。
「摂理の歪みは、いずれ世界の破綻を生む。歪みを修正するためには、時に大きな力が必要となる」
夜空の彼方に、星が流れていく。
それはやがて、白い火に包まれ、消えてしまった。
「君には大きな力を得る〝資格〟がある」
つかみどころのない話だ。
その〝力〟を得ることができれば、ゼリア神を止められるのか?
エルヴィアが尋ねると、
「結果的には、そうなるだろうね」
と、スーラ=マナは言った。
「その大きな力にも――相応の代償がつきまとうのでしょうね」
「それが摂理だよ」
力に対する代償――供物。
〈神の遺物〉もまた、その〝摂理〟の中にあるということなのか。
「さあ、そろそろ選択の時だ」
スーラ=マナは、空間を滑るように、獣の後ろへと移動した。
「世界の歪みを訂する力を求めるか?」
この選択を受け入れれば――
きっと、後戻りはできないだろう。
だが、それでも――
仲間達の命が、彼らとの未来が、灰のように朽ちて消えていくことの方が、なによりも恐ろしかった。
「私は、力を求めます」
スーラ=マナは、エルヴィアの言葉を聞き届けると、目の前の獣を差した。
「その『カシィル』は、時を越える獣」
〝カシィル〟――あの子どもの名だ。
「彼に触れてごらん。その先に、求めるものがある――」
エルヴィアは、白く美しい獣に手を伸ばす。
伸ばした右手が、カシィルに届く間際――
意識が途切れた。
†
目を開けると――
周囲には、数え切れぬほどの骸が転がっていた。
ここは――ディードルグ城だ。
絶望で見開かれたダークエルフ達の目。
血の流れぬ傷痕。
折り重なって絶命した魔物達。
(なぜ、ここに――?)
『カシィルは、時を越える獣』
まさか、過去に戻ってきたというのか?
手のひらで顔をはたいてみるが、夢を見ているわけではなさそうだ。
もし、今が〝あの日〟なのであれば――
(夜に、星が降る……)
今夜、王都にゼリア神が降臨するのだ。
急げば、間に合うだろうか――?
歩き出したエルヴィアに、なにかが触れる。
それは白い獣――カシィルだった。
カシィルは、エルヴィアの前まで来ると、ゆっくりと屈み、長い尾で己の背中を軽く叩いた。
「……乗せてくれるの?」
カシィルは、じっとこちらを見つめている。
エルヴィアは、おそるおそる、カシィルの背に跨った。
艶のある毛並みに手を添えると、カシィルは走り出した。
駿馬の如き速さに驚いたが、不思議と揺れを感じない。
そのまま、背にしがみついていると――
いつの間にか、景色が様変わりしていた。
森や道、泉が、まるで地図に描かれたように眼下に広がっている。
エルヴィアは、カシィルの背に乗って、高く飛翔していた。




