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忌み指輪の召喚令嬢 ~ 辺境伯の娘は闇ギルドと手を結ぶ  作者: 佐藤猛山
第8章「指輪の宿命」

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4 運命の岐路

 「やっぱり、どこにもいないよ……」


 三人で手分けして探したが、カシィルは見つからなかった。

 働く場を失った小さな子どもが、ひとりで生きていくのは難しい。


 「気になるのは分かるが……いつまでもこうしてはおれん」

 ゲルヴが切り出した。

 「少しでも早く砦の町へ戻り、巨人のことを報せるべきじゃ」


 それ以外に、できることはないだろう。

 今も、この状況が現実とは思えないが――


 (それでも、動かなければ)


 取り返しのつかないことになる前に。

 エルヴィア達は、もと来た道へ引き返した。


    †


 転送石(ポータル)を通り、サルディアへ着くかという頃――


 街道の向こうに、ぽつんと立ち尽くす人影が見えた。

 それは、微動だにせず、こちらを見つめているようだった。


 「あ、あれは……」


 この既視感――

 心臓の辺りが、やけに重苦しい。


 人影に近づくにつれ、嫌な予感は確信へと変わる。


 「なんで、ここに……?」

 ネラも驚いている。


 ゲルヴは、その人影の横に佇む獣を見て、それが何者かを悟ったようだ。

 「あれが……スーラ=マナか」


 前に出会った時のように、意図が読めない微笑を湛えている。

 三人がその近くまで来ると、あちらが先に口を開いた。


 「あれを見るといい」

 スーラ=マナが、粗末な杖で西の方角を差す。

 街道の彼方には――


 燃え盛る火柱が、揺らめいていた。


 「〝炎の巨人〟……いえ、ゼリア神――?」

 エルヴィアが呟くと、スーラ=マナは頷いた。

 「あれはマナを求め、東へ向かっている」


 まさか、王都を離れたのは、それが理由なのか?

 よりマ(・)ナ(・)の(・)濃(・)い(・)場(・)所(・)を求めて――?


 「なんか、魔物みたいだね……」

 ネラが呟く。


 「貴殿は、賢者スーラ=マナなのか?」

 ゲルヴが、掠れた声で尋ねた。

 「もし、そうなのであれば……あの巨人を、ゼリア神を止めるすべを、授けてはくれまいか!」


 スーラ=マナの表情は変わらず、ただ微笑んでいる。


 「頼む! 必要であれば、この老いぼれの命を捧げてもかまわん!」

 老魔術師は、真っ直ぐな目で賢者を見つめる。


 しかし――

 スーラ=マナはなぜか、エルヴィアへ向き直り、言った。


 「選択するのは、君だ」


 〝選択〟とは、どういう意味だ?


 突如、強い耳鳴りがした。

 息を呑んだその瞬間――


 (……ここは?)


 エルヴィアは、星空の中にいた。

 周囲には、無数の眩い光点が輝いている。

 風はなく、土を踏む感触もない。

 ただ、宙に浮いているような、不思議な感覚だけがあった。


 「ここは、〝全ての外〟にある場所」

 目の前には、スーラ=マナと、白い獣がいる。

 「君は今、どこにもいない」


 言っている意味がよく解らない。


 「解る必要はない。でも、君は決めなければならない」

 賢者は相変わらず、あの微笑みを浮かべている。

 でも、今は不思議と、気味悪さを感じない。


 「あの〝星が降った日〟を覚えているかい?」


 それは――

 「王都が攻撃された日のこと?」

 「そうだ。あの日、〝契約なき召喚〟が行われた」


 スーラ=マナは、杖で遠くの星を差す。

 「摂理の歪みは、いずれ世界の破綻を生む。歪みを修正するためには、時に大きな力が必要となる」

 夜空の彼方に、星が流れていく。

 それはやがて、白い火に包まれ、消えてしまった。


 「君には大きな力を得る〝資格〟がある」


 つかみどころのない話だ。

 その〝力〟を得ることができれば、ゼリア神を止められるのか?


 エルヴィアが尋ねると、

 「結果的には、そうなるだろうね」

 と、スーラ=マナは言った。


 「その大きな力にも――相応の代償がつきまとうのでしょうね」

 「それが摂理だよ」


 力に対する代償――供物。

 〈神の遺物〉もまた、その〝摂理〟の中にあるということなのか。


 「さあ、そろそろ選択の時だ」

 スーラ=マナは、空間を滑るように、獣の後ろへと移動した。

 「世界の歪みを訂する力を求めるか?」


 この選択を受け入れれば――

 きっと、後戻りはできないだろう。


 だが、それでも――

 仲間達の命が、彼らとの未来が、灰のように朽ちて消えていくことの方が、なによりも恐ろしかった。


 「私は、力を求めます」


 スーラ=マナは、エルヴィアの言葉を聞き届けると、目の前の獣を差した。

 「その『カシィル』は、時を越える獣」


 〝カシィル〟――あの子どもの名だ。


 「彼に触れてごらん。その先に、求めるものがある――」


 エルヴィアは、白く美しい獣に手を伸ばす。

 伸ばした右手が、カシィルに届く間際――

 意識が途切れた。


    †


 目を開けると――


 周囲には、数え切れぬほどの骸が転がっていた。

 ここは――ディードルグ城だ。


 絶望で見開かれたダークエルフ達の目。

 血の流れぬ傷痕。

 折り重なって絶命した魔物達。


 (なぜ、ここに――?)


 『カシィルは、時を越える獣』


 まさか、過去に戻ってきたというのか?

 手のひらで顔をはたいてみるが、夢を見ているわけではなさそうだ。


 もし、今が〝あの日〟なのであれば――


 (夜に、星が降る……)


 今夜、王都にゼリア神が降臨するのだ。

 急げば、間に合うだろうか――?


 歩き出したエルヴィアに、なにかが触れる。

 それは白い獣――カシィルだった。


 カシィルは、エルヴィアの前まで来ると、ゆっくりと屈み、長い尾で己の背中を軽く叩いた。


 「……乗せてくれるの?」


 カシィルは、じっとこちらを見つめている。

 エルヴィアは、おそるおそる、カシィルの背に跨った。


 艶のある毛並みに手を添えると、カシィルは走り出した。

 駿馬の如き速さに驚いたが、不思議と揺れを感じない。

 そのまま、背にしがみついていると――


 いつの間にか、景色が様変わりしていた。

 森や道、泉が、まるで地図に描かれたように眼下に広がっている。

 エルヴィアは、カシィルの背に乗って、高く飛翔していた。

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