7 月下の捧贄
闇ギルドの一行は〝悪魔の手〟の秘密を探りに夜の帳へ潜り込む
夜がやってきた――
雨がようやく止み、雲間からは月が覗いている。
仮眠している間に、パリオが苔色のチュニックと薄汚れた靴を調達してきた。
「その夜着では目立ちすぎる。粗末な服ですが無いよりはマシでしょう」
エルヴィアは夜着の上から服を着て、マントを羽織った。
ネラとパリオを伴って、町を出る。
慣れない靴だったが、泥の上を素足で進むよりは快適だった。
――目指すのは、朽ちた礼拝堂。
パリオが〝取引〟などでよく使っている場所らしい。
「あれです――」
石造りの古い建物が見える。
壁面は蔦に覆われていて、一部が崩れ落ちている。
「なぁんか、気味悪い場所だね……」
「町や街道は危険です。ここならば、秘密裏に事を運べるでしょう」
エルヴィアは、ふたりに続いて礼拝堂へ入った。
天井の穴から、月の光がそそいでいる。
「それで、私はどうすれば?」
誰とはなしに尋ねると、パリオが応える。
「〈遺物〉の力を解放するすべ……その答えは、〝供物〟を捧げることです」
「供物……ですか?」
「そう。例えば、ネラの持つ蛇の水晶は――〝目〟を求める。彼女の目を見つめ返した者は、身体の自由を奪われる」
そういう理屈か。
その〝供物〟が判れば、あの力が使えるのか。
「あなたの影から伸びる悪魔の手――察するに、月の光で照らす、暗闇で包む、血を触れさせる、土に触れさせる、いずれかを満たせば、現れるやもしれません」
確かに、昨晩の状況と一致する。
「今ここに、全ての条件が揃っている。この針をお貸ししましょう」
パリオは銀色に光る針を手渡してきた。
これで血を用意しろということか。
「その針、まさか毒なんて仕込んでないよね?」
ネラが不穏な発言をする。
パリオは頭を振って、溜息をついた。
†
ネラとパリオは〝悪魔の手〟に狙われぬよう、崩れた外壁の陰へ居場所を移した。
パリオの指示に従い、指輪を月光にかざしたり、手で握り込んだり、土を擦り付けたりしてみたが、悪魔は現れなかった。
「ふむ、いよいよ最後ですな。さあ、血を捧げるのです!」
手のひらを突き出し、昂るパリオを見て、ネラは眉をひそめている。
その時――
「誰だ?」
礼拝堂の入口から声がしたかと思うと、見知らぬ男たちが入ってきた。
一体、何者だ――?
「ん? 女か。こりゃ、例の〝逃亡者〟かもしれんぞ」
「おお……白金のような髪、こいつに違いねえ」
まさか、追手か?
こんな所まで探しにくるなんて――
「しかし、このまま殺しちまうのも勿体ねえな。少し楽しんでから、売り払っちまうってのはどうだ?」
「馬鹿、もしバレたら俺達がやばいぜ」
壁の陰でネラがパリオに耳打ちする。
「ねえ、まずいよ! あいつら――」
「待ちなさい、手を出してはいけません」
パリオはネラを制すると、外壁に沿って建物の入口へ回る。
ネラは胸の水晶に手を当て、成り行きを見守る。
「おい、お嬢さん。あんたに恨みはないが、ここで死んでくれや」
同じだ――
見知らぬ男たち。
月光を反射する白い刃。
そして――〝悪魔の手〟だ。
エルヴィアは無意識に針で指の腹を突く。
そして、滲み出る血を骨の指輪に吸わせていた。
妖しい月光が縁取る影から、渦巻く漆黒の濁流が迸る。
その邪な腕は、瞬く間に男へ迫る。
「なッ――」
驚きの声を上げた直後――
男の腹部が、あっけなく串刺しにされる。
エルヴィアはたまらず、目を閉じてしまう。
「ひゃああぁッ!」
いまひとりの男は、半狂乱で入口へと駆け出す。
しかしそこには――
「安らかに――」
パリオが手にした鎚矛が、男の眼窩にめり込んだ。
男はそのまま倒れ、喚きながらのたうち回る。
エルヴィアもネラも、その場から動けなかった。
†
「だいぶ情報が獲れました――」
パリオは汚れた手袋をはたきながら言った。
「彼らの遺体は〝ミノーク〟に運んでもらいましょう。もう少し検証したいところですが、先にカルス殿と合流したいですね」
人が死んだばかりだというのに、パリオは落ち着き払っている。
だがきっと、それが当たり前なのだ。
〝闇のギルド〟に身を置く者ならば――
「人が死ぬのは、気分のいいもんじゃないね」
ネラが呟く。
「あなたは――そう思うの?」
「アタシは殺し屋じゃないもん。そりゃ薬の密造とかはするけどさ、悪いことと嫌なことは、また別だよ」
エルヴィアは、肩や腕がまだ震えている気がした。
夜が来る度、この身に死の臭いがまとわりつく。
月も太陽も、影を生むもの全て、消えてしまえばいい――
そんな叶わぬ望みが、根を張るように心に居着いてしまった。




