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忌み指輪の召喚令嬢 ~ 辺境伯の娘は闇ギルドと手を結ぶ  作者: 佐藤猛山
第1章「夜の逃亡者」

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7 月下の捧贄

闇ギルドの一行は〝悪魔の手〟の秘密を探りに夜の帳へ潜り込む

 夜がやってきた――

 雨がようやく止み、雲間からは月が覗いている。


 仮眠している間に、パリオが苔色のチュニックと薄汚れた靴を調達してきた。

 「その夜着では目立ちすぎる。粗末な服ですが無いよりはマシでしょう」


 エルヴィアは夜着の上から服を着て、マントを羽織った。


 ネラとパリオを伴って、町を出る。

 慣れない靴だったが、泥の上を素足で進むよりは快適だった。


 ――目指すのは、朽ちた礼拝堂。

 パリオが〝取引〟などでよく使っている場所らしい。


 「あれです――」


 石造りの古い建物が見える。

 壁面は蔦に覆われていて、一部が崩れ落ちている。


 「なぁんか、気味悪い場所だね……」

 「町や街道は危険です。ここならば、秘密裏に事を運べるでしょう」


 エルヴィアは、ふたりに続いて礼拝堂へ入った。

 天井の穴から、月の光がそそいでいる。


 「それで、私はどうすれば?」

 誰とはなしに尋ねると、パリオが応える。


 「〈遺物〉の力を解放するすべ……その答えは、〝供物〟を捧げることです」

 「供物……ですか?」

 「そう。例えば、ネラの持つ蛇の水晶は――〝目〟を求める。彼女の目を見つめ返した者は、身体の自由を奪われる」


 そういう理屈か。

 その〝供物〟が判れば、あの力が使えるのか。


 「あなたの影から伸びる悪魔の手――察するに、月の光で照らす、暗闇で包む、血を触れさせる、土に触れさせる、いずれかを満たせば、現れるやもしれません」


 確かに、昨晩の状況と一致する。


 「今ここに、全ての条件が揃っている。この針をお貸ししましょう」


 パリオは銀色に光る針を手渡してきた。

 これで()()()()しろということか。


 「その針、まさか毒なんて仕込んでないよね?」

 ネラが不穏な発言をする。

 パリオは頭を振って、溜息をついた。


    †


 ネラとパリオは〝悪魔の手〟に狙われぬよう、崩れた外壁の陰へ居場所を移した。


 パリオの指示に従い、指輪を月光にかざしたり、手で握り込んだり、土を擦り付けたりしてみたが、悪魔は現れなかった。


 「ふむ、いよいよ最後ですな。さあ、血を捧げるのです!」

 手のひらを突き出し、昂るパリオを見て、ネラは眉をひそめている。


 その時――


 「誰だ?」


 礼拝堂の入口から声がしたかと思うと、見知らぬ男たちが入ってきた。

 一体、何者だ――?


 「ん? 女か。こりゃ、例の〝逃亡者〟かもしれんぞ」

 「おお……白金(プラチナ)のような髪、こいつに違いねえ」


 まさか、追手か?

 こんな所まで探しにくるなんて――


 「しかし、このまま殺しちまうのも勿体ねえな。少し楽しんでから、売り払っちまうってのはどうだ?」

 「馬鹿、もしバレたら俺達がやばいぜ」


 壁の陰でネラがパリオに耳打ちする。

 「ねえ、まずいよ! あいつら――」

 「待ちなさい、手を出してはいけません」


 パリオはネラを制すると、外壁に沿って建物の入口へ回る。

 ネラは胸の水晶に手を当て、成り行きを見守る。


 「おい、お嬢さん。あんたに恨みはないが、ここで死んでくれや」


 同じだ――

 

 見知らぬ男たち。

 月光を反射する白い刃。


 そして――〝悪魔の手〟だ。


 エルヴィアは無意識に針で指の腹を突く。

 そして、滲み出る血を骨の指輪に吸わせていた。


 妖しい月光が縁取る影から、渦巻く漆黒の濁流が(ほどばし)る。

 その邪な腕は、瞬く間に男へ迫る。


 「なッ――」


 驚きの声を上げた直後――

 

 男の腹部が、あっけなく串刺しにされる。

 エルヴィアはたまらず、目を閉じてしまう。


 「ひゃああぁッ!」


 いまひとりの男は、半狂乱で入口へと駆け出す。

 しかしそこには――


 「安らかに(スアネ)――」


 パリオが手にした鎚矛(メイス)が、男の眼窩(がんか)にめり込んだ。

 男はそのまま倒れ、喚きながらのたうち回る。


 エルヴィアもネラも、その場から動けなかった。


    †


 「だいぶ情報が獲れました――」


 パリオは汚れた手袋をはたきながら言った。


 「彼らの遺体は〝ミノーク〟に運んでもらいましょう。もう少し検証したいところですが、先にカルス殿と合流したいですね」


 人が死んだばかりだというのに、パリオは落ち着き払っている。


 だがきっと、それが当たり前なのだ。

 〝闇のギルド〟に身を置く者ならば――


 「人が死ぬのは、気分のいいもんじゃないね」

 ネラが呟く。

 「あなたは――そう思うの?」

 「アタシは殺し屋じゃないもん。そりゃ薬の密造とかはするけどさ、悪いことと嫌なことは、また別だよ」


 エルヴィアは、肩や腕がまだ震えている気がした。

 夜が来る度、この身に死の臭いがまとわりつく。

 

 月も太陽も、影を生むもの全て、消えてしまえばいい――

 そんな叶わぬ望みが、根を張るように心に居着いてしまった。

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