1 連なる凶報
人々に魔術を、そして〈神の遺物〉の知識をもたらした者。
伝承や古文書に語られる、非凡なる賢者。
あの薄気味悪い微笑みを湛えた人物が、その〝スーラ=マナ〟だというのか。
今、思い返してみると――
あの人物と邂逅してから、妙に胸がざわついている。
ディードルグの城で具合が悪くなったのは、そのせいもあるような気がする。
「繰り返すが、あくまで伝承や記録にある話じゃ。それを知る者が、悪ふざけでやったことかもしれん……」
ゲルヴはそう言うが――
エルヴィアには、あれが戯れであるとは、どうしても思えなかった。
「しかし〝凶事〟とは……一体、なにが起こるというんだ?」
カルスが誰にともなく尋ねる。
「ダークエルフ達が、城で死んでたことかなぁ?」
ネラの言葉に、アニスが反論する。
「それは多分、違うわ。〝あれ〟は『今夜、星が降る』と言ったんでしょう? 城は日が落ちる前に、既に陥落していた」
「あの予言めいたものが真実だとすれば――」
ママナが口を開く。
「あの日、城を後にして、サルディアに泊まった夜に〝星が降った〟ということになりますよねぇ?」
(星が降る……)
普通に考えれば、流星のことだと思われるが――
「ディードルグの件といい、分からないことが多すぎる。緊張のしどおしで大変だとは思うが、十分に警戒して過ごしてくれ」
カルスが総括し、闇のギルドの会議は終了した。
†
砦の町に、驚くべき報せが飛び込んできたのは、その二日後だった。
王都近辺で情報を集めていたパリオが戻ってきた。
緊急の報告があるらしく、急いでギルドの一同を集めてほしいという。
やがて隠れ家に集合した面々を前に、パリオが切り出した。
「聖教庁が、攻撃を受けました」
聖教庁――アゼリア聖教の本拠地だ。
「敷地の建物、特に大聖堂の被害は大きく――私も遠目に確認しましたが、いくつもの火柱が上がり、半壊している模様です」
攻撃の方法や、その首謀者は不明であるという。
「最も疑わしいのは、やはり黒い月ですが……」
パリオによれば、王都やその周辺は、完全に混乱状態だという。
「その攻撃があったのは、いつのことだ?」
カルスが問う。
「四日前の夜ですね」
四日前の夜は――
ディードルグ城から戻り、サルディアへ泊まった夜だ。
「スーラ=マナに会った日ね」
アニスが、鷹のような目で虚空を見据える。
『世界に〝凶事〟が訪れる』
また、あの嫌な感覚がエルヴィアを支配する。
「スーラ=マナ?」
パリオが反応するが、カルスが〝待て〟をするように手を突き出す。
「それについては、後で報告する。他に、王都付近の情報は?」
少し間を空けて、パリオが口を開く。
「急いで戻ってきたもので、確実な情報は取れていませんが……聞くところによると、〝炎をまとった巨人〟が王都に出現したと――」
そんなことが――あり得るのか?
黒い月の出現。
ディードルグでの不可解な出来事。
そして、スーラ=マナの予言との符合。
それらの要素が、理屈を超えて、全てを必然に思わせる。
「その〝炎の巨人〟ってさ、魔物なわけでしょ?」
ネラが問いかける。
「ひょっとしてさ……ディードルグの時と同じように、その巨人も呼び出されたんじゃないの?」
それを聞いて、ゲルヴが溜息をつく。
「ネラよ……肝心なことを忘れとりゃせんか?」
「え?」
「王都という場所――そして〝炎〟といえば、なんじゃ?」
ネラは口を開けて固まっている。
ゲルヴは目を閉じて首を振った。
「魔物であれば、まだ救われる話ですが――」
パリオが、西側の壁に首を向ける。
「〝炎の巨人〟の話が本当であれば、これは〝大いなる破局〟を意味する」
そう――
幼い頃から、何度も聞かされて育った。
アゼリアの民に刻み込まれた伝承。
「王都に〝ゼリア神〟が降臨したのです」
光と火の始まり――
全能なる神、ゼリア。
決して消えぬ光焔を帯び、水と木と土を清浄なる霊風へと還す。
「どうにも、腑に落ちないんだけど」
アニスが首を捻る。
「ゼリア神は、この地に加護をもたらす存在ではないの? それが〝破局〟を意味するって、どういう――」
「ゼリアが加護をもたらすのは、そのとおり。しかし――」
パリオがアニスへ向き直る。
「伝承はこう語る。神が顕現する時、世界は炎に包まれ、全ての命が絶える、と」
それを聞いたネラは、頓狂な声を上げる。
「そんな神様、要らないでしょ」
パリオは苦笑した。
「いずれにしても、今、王都は危険な状況です。我々はどう動くべきか、熟慮する必要があると考えます」
聖教の伝承が、まるきり真実とも思えないが――
その〝破局〟こそが、スーラ=マナがいう〝凶事〟だとすれば?
人の身に、なにができるというのだろう。
「ワシは……王都へ行こうと思う」
突然、ゲルヴが言った。
「えぇ? なんで?」
ネラが再び、上滑りした声を上げた。
「どう考えても危ないよ!」
カルスも、ゲルヴへ問う。
「……承服しかねるが、理由を聞かせてくれ」
ゲルヴは、いつになく寂しげな表情を見せた。
「今更だが、奴らを……黒い月の連中を、止められなかったことが、ずっと気になっておった」
部屋に、沈黙が訪れる。
「奴らが〝凶事〟の元凶ならば、同じディの末裔として、その結末を見届けるべきではないかと思うんじゃ」
彼は、止めても行くだろう。
ゲルヴの眼差しを見て、エルヴィアは確信した。
胸騒ぎは止まらず――
ネラがゲルヴを引き止める声だけが、耳の奥に響いていた。




