10 混迷の奔流
ハイエルフと闇ギルドの部隊は、魔物の発生源を破壊する
森の奥にある魔物の出どころは、苦もなく破壊できた。
ミノークやママナが、石の輪や石柱を、その怪力でめった打ちにすると、石は崩れ去り、紫色の不気味な光もやがて消えた。
これで、魔物は出てこられないはずだ。
「ねえ、これ……」
アニスがなにかを見つけたようだ。
側へ行くと、その足元には――
「……ダークエルフ?」
それは、ローブをまとったダークエルフの骸だった。
「なぜ、ここで死んでいる?」
マン・キンフが眉間に皺を寄せる。
「憶測に過ぎないけど――」
アニスが骸を見ながら言う。
「呼び出した魔物にやられた……のかもしれないわね」
エルヴィアも、そう思った。
城が、あの有り様なのも、魔物の仕業ではないのか。
「危険かもしれないけど……城の様子を見にいく?」
アニスが問うと、キンフは頷いた。
「ああ、できればそうしたい」
†
「これは……酷いね」
城門を潜ってすぐの辺り――
アニスが狼の魔物と戦い、〈遺物〉の力を知った場所。
周囲には、ダークエルフや魔物の死骸が転がっている。
「まさか、同士討ちしたのか――?」
キンフをはじめ、ハイエルフ達は戸惑っている。
「分からないけど……まだ生き残りがいるかもしれない。油断しないで」
アニスが半壊した塔を見上げる。
「上にも――気配はないわね」
「おやおや……」
ママナが、なにかに気づいた。
「見て下さい、この傷を……おかしいですねぇ」
エルヴィアは、ダークエルフの骸に近づき、その傷跡を見た。
(これは……!)
血が流れていない――
妙なのは、それだけではない。
これだけの骸の数にも関わらず――
周辺の石畳にも、血の痕がほとんど見られないのだ。
血が流れない傷痕――
それはまるで、〝悪魔の手〟による外傷だ。
アニスに、その違和感を伝えた。
「……ちょっと、話が複雑になってきたわね」
嫌な予感は、どんどん膨らんでいく。
散乱する骸、そして不審な傷痕。
指輪が食い込んでくるような錯覚を覚える。
足元がふらつく。
頭が重い。
「ごめんなさい、少し、具合が悪いわ――」
エルヴィアは、額に手を添える。
アニスはキンフに問いかける。
「キンフ、もう少し調査したいとは思うけど――今日のところは砦の町へ戻りましょう?」
「――そうだな。我々にも害が及ばないうちに、撤退すべきかもしれん」
エルヴィアの肩を、ネラが支えてくれた。
「エル、大丈夫?」
「ええ……ありがとう」
アニスとキンフの指示で、部隊は素早く集合し、城を後にした。
†
部隊はサルディアの町で休息をとり、翌朝、ハイエルフ達と別れた。
エルヴィアの体調は多少回復し、そのまま馬で砦の町へ向かった。
道中の旅小屋で一泊したが、その夜は悪夢を見た。
砦の町が襲われる夢だった。
そして次の日――
ようやくたどり着いた現実の砦の町は、平穏そのものだった。
門の前には、ゴーレムが佇んでいる。
その様子を確かめて、エルヴィアは胸を撫で下ろした。
「色々あったよ。色々ありすぎて、もうワケ分からないよ」
闇ギルドの隠れ家――
ネラが部屋の隅の木箱に腰を下ろした。
アニスから、砦の待機組へ報告がなされた。
「おそらく、城に生き残りはなし。ただ、なにが起こったか、明確な情報は得られなかったわ」
報告を受けたカルスは、怪訝な表情だ。
「どうにも不可解だな。その、傷痕のことといい……だが、こちらに被害がなかったのは幸いだった」
「こう言ってはなんですけど、少々、肩透かしでしたねぇ」
ママナが呟く。
「この手で悪を滅ぼせると思っていたのに、勝手に死んでるんですから」
ネラが「ママナは石を壊したじゃん」と言うと、
「石は悪ではありません! 悪とは、思想であり行いです!」と応えた。
カルスが、他に報告はないかと尋ねると、ネラが手を上げる。
「そういやさ、町に変な人が来なかった?」
「変な人? どんな姿だ?」
「なんか、杖を持ってて……あれ、目が見えない人じゃないかなあ」
すっかり忘れていた。
城へ続く道で出会った、白い獣を連れた者のことか――
「そうそう。見たことない獣と一緒にいたよ」
「獣……? そんな者、町には来ていないはずだが」
思い返せば、あの人物も本当に奇妙だった。
そういえば――
「あの人、すれ違いざまに『星が降る』とか、言っていた気がする。意味は分からないけれど……」
エルヴィアがそう言った途端――
今まで黙っていたゲルヴが突然、声を上げた。
「〝星が降る〟と言ったのか?」
「ええ――」
「そうか……ううむ」
それきり、黙り込んでしまう。
星、という言葉が気になったのか。
「なに? なんか知ってるの、師匠?」
ネラが尋ねると、ゲルヴは険しい顔になる。
「これは、古文書や伝承で伝わっとる話で、確かなことかは分からんが――」
老魔術師は、ひとつ咳払いをした。
「世界に〝凶事〟が訪れる時、『星が降る』と告げる者が現れた、という話が複数、残っておる」
いいようもない不気味さが、エルヴィアの胸中に蘇った。
「その者は、美しい獣を連れているとも伝えられとる……」
「ええ……ホントに? 師匠の作り話じゃないよね?」
ネラも、なんだか不安げな表情だ。
「作り話などではないわい。さらにじゃな――」
ゲルヴに、全員が釘付けになる。
「その者こそが〝スーラ=マナ〟である、といわれておるんじゃ」
――あの微笑みが、脳裏に浮かぶ。
エルヴィアは、軽い目眩を覚えた。
†††
第7章「星を望む者」終




