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忌み指輪の召喚令嬢 ~ 辺境伯の娘は闇ギルドと手を結ぶ  作者: 佐藤猛山
第7章「星を望む者」

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8 悪しき存在

 おぞましい姿の魔物が、今にもこちらへ飛びかかろうと、身を屈めている。

 エルヴィアは、冷や汗が服の内側を伝うのを感じていた。


 「アタシが立ち上がったら、ふたりは近くの木にしがみついて」

 

 ネラが言うと、アニスが口を出す。

 「なによ、木に登ってやり過ごせというの?」

 「いいから、言うとおりにして!」


 もし失敗したら――

 

 エルヴィアは、すぐに〝悪魔の手〟を呼び出そうと思っていたが、木に登ったままそれが可能だろうか。

 いずれにしても、もう考えている余裕はない。

 ネラはやる気だ――


 「いくよ――」


 ネラは、杖を片手に立ち上がった。

 その瞬間、エルヴィアとアニスは左右に別れ、手頃な樹木にしがみつく。


 魔物は、びくりと痙攣するように反応したが、誰を狙うか迷っている。

 その隙に、ネラは杖を高く掲げた。


 「風と踊れ(プタン=スール)!」


 薄暗い森に呪文を唱える声が響くと――

 エルヴィアの身体から、すうっと力が抜けるような感覚がした。

 驚いて、必死に木にしがみつく。


 そして、魔物達の金切り声がこだまする。

 木の陰からそちらを見ると――


 (凄い……)


 魔物や、黒ローブの者、そして落ち葉や石ころまでもが、宙に浮いている。

 空中で必死にもがく姿は、酒を飲んで踊る酔いどれのように滑稽だった。


 「ほらほら、頑張って踊りな!」

 ネラがさらに杖を振り上げると、魔物達はどんどん上昇していく。


 「貴様ッ、下ろせ!」


 上方から怒号が聞こえる。

 それを聞いたネラは、小憎らしく笑ったかと思うと――


 「じゃあ、下ろしてあげるよ!」

 そう言って、杖を勢いよく振り下ろす。


 空中で踊っていた者達は、まるで命綱を切られたように、一気に地面へと落下していく。


 「ふたりとも、逃げるよッ」

 

 ネラは叫び、すばやくその場から駆け出した。

 エルヴィアとアニスも、それに続く。


 後方から騒がしい声が聞こえるが、振り返らずに全力で森を抜ける。

 空は赤く色づき、走る三人の影は長く伸びていた。


    †


 サルディアへ逃げ延びたエルヴィア達は、隠れ家で夜を明かし、その後、砦の町へ帰還した。


 「――というわけで、アタシの活躍で無事に調査を終えたってワケ」

 ネラは腰に手を当て、得意げな顔をする。


 報告を受けたカルスは、鼻を鳴らす。

 「ふむ……まあ、無傷で帰ってこれたのは幸運だったかもしれん」

 そして、すぐに厳しい顔つきになる。

 「予想どおり、魔物を呼ぶ者がいたか。やはり黒い月(ノル=ミーロ)の仕業だったのか?」


 「それなんだけど――」

 アニスが応える。

 「奴がネラの魔術で浮かんでいた時に、一瞬だけど顔が見えたわ」


 カルスは首を傾け、話の続きを促す。


 「あれは――ダークエルフよ」

 「本当か?」

 「ええ。私はエルフの集落でダークエルフを見ている。間違いないわ」


 カルスは「そうか」と呟き、腕を組んだ。


 「ハイエルフ達に、報告する?」

 「……悩ましい問題だ。彼らの事情を考えれば、知らせるべきだろうが――」


 もし、このことを伝えれば、ハイエルフ達は戦いに赴くだろう。


 「この砦を襲撃したのも魔物だった。それがダークエルフの仕業であれば、奴らと黒い月(ノル=ミーロ)との繋がりは濃厚だ」


 カルスの言うとおり、難しい問題だ。

 敵がダークエルフだけであれば、よかった。

 ただ、黒い月(ノル=ミーロ)が絡んでいるとなると、うかつに手を出すのは危険だ。


 しかし――


 「皆、聞いて」

 エルヴィアは口を開く。

 「私は、伝えるべきだと思う」


 皆がこちらを見る。

 「……ここで火種を持ち込めば、今起こっている争いが、より複雑になるのは私も解っているわ。でも――」


 エルヴィアは、ハイエルフ達と約束したのだ。

 手を取り合い、共に脅威に立ち向かうと――


 「もし、約束を違えれば――今まで築いてきた関係は、きっと消えてしまう」


 それが一番に恐ろしいことだと、エルヴィアは感じる。


 カルスはしばらく黙って聞いていたが、やがて顔を上げた。

 「そうだな……俺も近頃は、大きくなったこの町を保つことばかり考えていた」


 カルスの表情に、少し疲労が滲んでいる。

 集団の先頭に立って、常に決断を迫られる立場というのは、想像を超える重圧がかかるのだろう。


 そこはかとなく重い空気を皆が感じ始めた時――

 隠れ家の扉が勢いよく開いた。


 「こんばんはぁ!」


 場違いなまでに朗らかな声を上げて入ってきたのは、ママナだった。

 「どうしました? もうお休みの時間ですかぁ?」


 事情を尋ねるママナに、カルスが状況を説明した。


 「なるほど! では全員殺しましょう! ダークエルフは悪しき存在なので!」


 余りにも無茶苦茶な結論に、ネラが吹き出した。

 「ママナは相変わらず激しいねぇ……」


 真新しい戦鎚を壁に立てかけ、ママナは語りだした。

 「ママナは、この闇ギルドに加わってから、毎日考えていました。そして、今、ついに天啓を得たのです!」

 

 ネラが「今……?」と呟くが、ママナは気にせず続ける。


 「世の中、悪は星の数ほど存在しますが……」

 ママナは言葉を区切り、両腕を横に広げた。

 「魔物を呼ぶ輩! これはいけませぇん!」


 薄暗い部屋に、大声が響く。

 「魔物は悪! その味方も悪! それこそが、ママナの絶対的な理(ことわり)です!」


 実に単純な――

 それでいて、力強い信念に、なぜだかエルヴィアは救われたような気がした。

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