6 妖精の依頼
エルヴィア、ネラ、アニスの三人は、ディードルグの森を目指す
翌日、遠出の準備を整えたエルヴィア達は、旅馬でサルディアへ向かった。
サルディアの隠れ家で一泊し、朝になると徒歩で転送石を通り、ディードルグの森へ入った。
ディードルグは、吸血鬼と戦った時以来だ。
アニスにとって、因縁の地でもある。
まずは、森にある妖精の泉を目指した。
ディードルグの城へ向かう途中に、その泉があるらしい。
「魔物がいるかもしれない――警戒しながら進むわよ」
アニスが注意を促すと、
「もし魔物が出ても、アタシの魔術で、やっつけちゃうから」
と、ネラは杖を振り回しながら言った。
「みだりに魔術を使うなと言われたでしょう」
アニスが窘める。
「それじゃ、杖を持ってきた意味、ないじゃん!」
ネラは不満げな声を上げた。
(困ったわね……)
ネラの新しい杖は、エルヴィアが町の鍛冶屋に頼んで作ってもらったものだ。
その杖と、初めて探索に出た時に手に入れたトラーハ・ジェムを一緒にプレゼントしたのだ。
ネラはエルヴィアの贈り物に大層喜んで、片時も杖を離さずにいる。
もらった杖を、なんとか役立てたい気持ちがあるのだろう。
「じゃあ、こうしましょう」
エルヴィアは人差し指を立てる。
「もし、私達ふたりが魔物にやられそうになったら――その時だけ、魔術を使って助けてもらう、というのはどう?」
ネラは、まだ腑に落ちない様子だったが、結局は承諾した。
†
たどり着いた泉には、まだ妖精の姿があった。
早速、アニスが話を聞き出す。
彼女は、妖精と親しい間柄のようで、エルヴィアが初めて遭遇した時のように拒絶されることはなかった。
「あれは〝ただの魔物〟ではない――」
妖精は静かに言った。
「どういうこと?」
「東の地にいるような、獣が魔物に成り変わったモノではない。もっと別の、腐臭の漂う、忌まわしい存在だ」
せっかく古巣へと戻って来たのに、また魔物が蔓延っていてかなわん、と妖精は愚痴をこぼしている。
「アニス――お前は〝夜の魔〟を打ち倒したのだろう?」
「ええ、そうだけど……」
「ならば、再びディードルグから魔物を退けてくれないか」
どうも、話の主導権を握られている。
アニスは、妖精に対しては強気に出られないようだ。
「知っているぞ。そこの人間達は、泉の水を求めて来たのだろう」
妖精に睨まれて、エルヴィアは気後れする。
「水を分けて欲しいなら、魔物を退治してこい」
困ったことになった。
ディードルグの様子を見て、ついでに泉の水を汲んでいくつもりが――
「ううん……参ったわね」
さすがのアニスも、お手上げのようだ。
「ねえねえ、じゃあさぁ」
ネラが突然、前に出る。
「アタシの魔術を見せてあげるから、代わりに水をくれない?」
しかし、妖精はそっぽを向いて、
「そんなものは要らん、魔物を退治しろと言っただろう」
などと、取り付く島もない。
人との対話には、だいぶ慣れたつもりだったが――
妖精のような異質な存在の相手は、やはり難しい。
魔物をどうにかするか、水を諦めるか――
「そうね……ひとまず、状況を確認してみない?」
エルヴィアが提案する。
「相手がどんな魔物かも判らないし、その規模も不明。情報を集めてから、どうするか考えましょう」
「私も、それしかないと思う」
アニスも同意してくれた。
「もうなんでもいいよ――」
ネラは投げやりになってしまっている。
魔術の見せ場を尽く潰されて、機嫌を損ねたのかもしれない。
「クアスネ、魔物がどのあたりにいるか、分かる?」
妖精の名は「クアスネ」というらしい。
「城だ――城の方角からやってきて、そっちへ帰っていくのを何度か見た」
「城……」
アニスは、なにやら考えている。
「それに、魔物を統べる者の姿も見たぞ」
「――それは、本当? どんな姿だった?」
「はっきりとは見ていないが、人型で、ローブをまとっていた」
ローブをまとった、人型のモノ――
やはり、黒い月が関係していたのか?
「それはまた、面倒ね……」
アニスは、眉間に皺を寄せる。
黒い月と事を構えるのは避けたい。
さて、どうしたものかと考えていると――
「はい! アタシ、いいこと思いつきましたぁ」
ネラが、人差し指を空に向けて突き出す。
「本当に? なんだかロクな思いつきじゃない気がするわ……」
アニスが疑いの目でネラを見る。
「失礼! ホントに天才的な考えなのに!」
「ああそう……で、なんなの?」
ネラはニヤリと笑う。
「黒い月の仕業ならさ……その情報を、騎士団に流すんだよ」
それは――
だいぶ危険な賭けではないか。
「ディードルグの城が奴らの拠点だったら、騎士団は、そこを潰しにかかるよね? アタシらは手を汚さずに、魔物を退治できる!」
「アンタ……それがもし黒い月に知れたら、私達も完全に〝敵〟扱いよ?」
「じゃあ、他に方法はあんの?」
これは――悩ましい選択だ。
「ともかく――」
エルヴィアは、ふたりの間に入る。
「今回は調査のみ、という決まりだったはずよ。ネラの案はひとまず保留として、城の状況を見に行きましょう」
ネラは渋々といった風に頷いた。
三人は、城へ向けて歩きだす。
杖を天高く掲げ、勇ましく歩くネラを見て、アニスは溜息をついた。
「なんだか、嫌な予感がしてきたわ……」




