4 星の導き
「では、始めるとするか――」
ゲルヴは咳払いをすると、腰のポーチから青い宝石を取り出した。
(あれは……〈トラーハ・ジェム〉?)
かつて、エルヴィアが東の地で手に入れた宝石だ。
ゴーレムの残骸から拾い上げたものだったが――
ゲルヴの持つ杖の先端に、トラーハ・ジェムが嵌め込まれる。
「風を遮れ!」
呪文と共に杖が虚空に踊る。
すると、崩れた壁の近くに積み上がっていた石が、触れてもいないのにガタガタと震えだす。
「おお……」
石積み職人は、息を呑む。
石は次々に動き出し、やがて宙に浮いた。
そればかりか、崩落した壁の隙間を埋めるように、石が積み上がっていく。
あっという間に、石は壁に姿を変えた。
その場にいた皆が、口を開けて呆けている。
「ほれ、ぼうっとしとらんで、今のうちに漆喰で塗り固めるんじゃ」
職人はハッと我に返り、いそいそと準備を始めた。
「おおぉ! やっぱり師匠は凄かった!」
ネラが大喜びして跳ね回っている。
一方、エルヴィアは戦慄していた。
魔術の力とは、これほど自由自在なのか――
「物凄い力ですね……」
「トラーハ・ジェムは、物に触れずに動かす力を持つ石。無論、これもスーラ=マナによって明かされた知識じゃ」
しかし、この力が悪用されることを考えると、恐ろしい。
「この〈浮遊の魔術〉は、魔術の基礎ではあるが、それ故に最も難しいといっても過言ではない技術――」
ゲルヴは壁を見つめながら言う。
「自慢ではないが、ここまでできる術者はそうはおらん。黒い月の中にもな。そう心配せんでもいい」
気づけば、ネラは漆喰を塗る作業を手伝っている。
「ネラには、こういった魔術は教えられなかったのですか?」
「うむ……よく教えろとせがまれたが、下手に力を持つと、時に危険に巻き込まれることもある」
黒い月に利用されるのを恐れたのだろうか――
「ポーションの精製法だけ知っておれば、まず食うに困ることはない。あれには、平穏な暮らしを送ってほしいと思っとったんじゃ」
ネラはかつて――
ドルイドの村で暮らしていたが、そこから放逐された過去がある。
それでも、あんな風に明るく育ったのは、きっとこの老いた魔術師の存在が大きかったのだろう。
「ゲルヴ先生――お願いがあります」
「なんじゃ?」
「ネラに、魔術を教えてあげてはくれませんか?」
彼女は近頃、よくこぼしていたのだ。
『アタシって、役に立ってるのかなぁ――』
町に人が集まるにつれて、共同体の基盤を整える仕事が主になっていった。
闇のギルドの人員は、そういった能力に長けた者が多かったのだ。
それを見ていたネラには、なにか思う所があったのかもしれない。
「彼女は必死に勉強して、文字も読めるようになりました。口にはしないけれど、魔女としてもっと皆の役に立ちたいと思っているはずです」
それでも、先人がいなければ、努力の仕方さえ分からないのだ。
「彼女は前を向いています。今、必要なのは道標なのです。どうかネラを導いてあげてください――」
ゲルヴは、小さく溜息をついた。
「そうじゃな……道標、か」
そして、短い沈黙の後、ゆっくりと語りだす。
「魔女や魔術師は、星の導きによって先を見通す。ワシが王都を離れたのも、星を見て決めたことなんじゃ」
老いた魔術師は、星の見えない真昼の空を仰いだ。
「そして、その先でネラと再び相まみえた。先の短い老いぼれが成すべきは、あの娘になにかを残してやること、なのかもしれんな」
そう言うと、ゲルヴはゆっくりと足を踏み出す。
「あ、師匠。ほら見て、もう壁がほとんどできちゃったよ」
ネラが満面の笑みでゲルヴを迎える。
「じゃ、次はあっちの壁ね――」
それを聞いたゲルヴは、目を丸くする。
「これこれ、まだやらせるつもりか?」
「え、もう疲れちゃったのぉ?」
「少しは年寄りを労らんか、全く……」
苦笑いしながら、ゲルヴは己の杖をネラに手渡した。
「次は、お前さんがやってみるんじゃ」
「え?」
ネラは杖を受け取って、きょとんとしている。
「〈浮遊の魔術〉は、一生を懸けて研鑽を積むべき技術じゃ。これから毎日、怠けずに続けられるか?」
ゲルヴの言葉に、ネラは大きく頷いた。
「うん、頑張る!」
一切の曇りのない笑顔――
それはまるで、星が見つけた太陽だった。




