3 移ろう者達
エルヴィア達は、魔術師ゲルヴォーグを伴って、砦の町へ向かう
エルヴィア、ネラ、そして魔術師ゲルヴの三人は、砦の町へ出発した。
馬上では話がしづらいので、道中の旅小屋で落ち着いてからスーラ=マナについて訊くことにした。
「さて、スーラ=マナについての話じゃったな」
ゲルヴは羊毛の毛布にくるまって語り始めた。
「スーラ=マナとは、その名のとおり、〈マナ〉を操るすべを、この地に残したといわれる賢者のこと」
それは、細工人の村の長も言っていた。
「今は、その行方は知れないのですね?」
エルヴィアの問いに、ゲルヴは頷く。
「うむ……大昔からの言い伝えや古文書にその名が出てくるが、今この時代にも存在しているかは分からん」
ネラが、唐突に手を上げる。
「はいはぁい! 〈神の遺物〉も、スーラ=マナが残したものなんだよね?」
「そのようじゃ。正確にいえば、〈遺物〉の〝製法〟を伝えたといわれとる」
〈神の遺物〉とは、人の手によって作れるものなのか。
「〈遺物〉とて、魔装品とさして変わるものではない。しかし、その神の如き力を如何にして宿すのか――」
この老人は、その方法を知っているのだろうか?
「ワシも若い頃、その知識を求めて、放浪の旅に出たものだ。だが――」
ゲルヴは咳払いをして続ける。
「得られたのは手がかりのみ。肝心の方法を知るまでには至らなかった」
小屋の隅に座っているネラが「なぁんだ」と拍子抜けしたような声を上げた。
「で、師匠が見つけた手がかりって、なんなの?」
「スーラ=マナの〝伝書〟じゃ」
「でんしょ?」
「スーラ=マナが残した知識を集めて書き記した書物じゃよ」
書物か――
とはいえ、そう簡単に手に入るものではないだろう。
「そのとおり。特に〈遺物〉に関するものは、もう失われているやもしれん」
「全然ダメじゃん」
「しょうがないじゃろう。神の力に関わるものなど、秘中の秘じゃて」
〈遺物〉の話も気になるが――
エルヴィアは、もうひとつ気になることがあった。
「黒い月のことですが……」
「うむ」
「彼らは、スーラ=マナの意思を継ぐ者と自称していました。それに、誇り高き神民である、とも――」
ゲルヴは目を細める。
「あやつらは、ディの民こそが神に選ばれし民であると考えておる。だが、そんなことは有り得ない……」
「なぜです?」
「例えば、エルフの存在。彼らもまた、魔術を駆使する。スーラ=マナは、必ずしも、ディだけにその業を伝えたのではない」
確かにそうだ。
エルヴィアも、エルフ達が魔法円を展開するのを見た。
「それに〈神の遺物〉のこともある。かつて、ディを迫害した者達、あれらもまた〈遺物〉の力によって、この地の覇権を握ったのじゃ」
エルヴィアは、左手の指輪をちらりと見る。
「恨みの記憶は時を経て膨張し、あやつらを狂気の徒へと変えた。もはや、止まることはあるまい……」
ゲルヴは、静かに目を伏せる。
「さて、ワシは少々疲れた。話の続きは、また今度にしてもらえるかね?」
「ええ、ありがとうございました。そろそろ休みましょうか――」
†
翌日、三人は砦の町へ無事に到着した。
「ほほぉ。思いの外、賑わっておるのう――」
ゲルヴは町の様子を眺めて、感嘆の声を上げた。
「あれは露天か?」
ネラは、途端に元気になった師に面食らっている。
「ちょっと師匠、迷子にならないでよ」
「大丈夫じゃ。ちょっと見て回るだけじゃ」
エルヴィアは微笑みながら、その後についていく。
「もう、落ち着きない年寄りなんだから――」
ぼやきつつも、ネラはなんだか嬉しそうだ。
三人は、しばらく露天や広場を見て回り――
やがて東の門の所までやって来た。
「ここが町の端っこだよ」
東門には、未だに魔物の襲撃の痕が残っている。
砦の壁や扉の損傷具合が痛ましい。
最近になって、ようやくこの辺りの補修作業が始まったのだ。
「ああ、エルさん」
呼び止められて振り向くと、見覚えのある石積みの職人がいた。
「どうしました?」
「いや、ちょいと困ったことがあって――」
事情を聞くと、補修の人手が足りないのだという。
「東の地に探索に出る輩が増えちまってね……そっちの方が稼げるってんで」
近頃は、砦の町でも経済が回るようになった。
そのせいで、より実入りのいい仕事に鞍替えする者が後を絶たないのだ。
「ルバエドさんにも相談してるんですが――なかなか難しいらしくて」
「そう……困りましたね」
エルヴィアと職人が立ちつくしていると、ゲルヴが近づいてきた。
「人手が足らんようじゃな」
「ええ……」
「丁度いい。ワシに任せてみんか?」
ネラが顔をしかめる。
「いや、年寄りには無理だよ……石なんか持ち上げたら腰が抜けちゃうよ」
それを聞いたゲルヴは、にやりと笑った。
「ネラよ、お前さんも魔女の端くれじゃろ。少しは頭を使わんか」
「ええ……? 頭で石を積むの?」
「馬鹿者、そんなわけがあるか」
ゲルヴは小さく溜息をついた。
「仕方のない弟子じゃのう……さぁて、魔術師のなんたるか、しかとお目にかけるとしようか――」




