2 孤高の魔術師
「びっくりしたよ、もう――」
隠れ家の地下室から現れた老人は、ネラの師だった。
彼は、色褪せた黒褐色のローブに、魔女や魔術師が好む、つば広の先が尖った帽子を被っていた。
「驚いたのはこっちじゃよ。盗賊かと思うて肝を冷やしたわい」
老人は「ゲルヴォーグ」と名乗った。
「長いので、皆『ゲルヴ』と呼ぶ。お前さんも、そう呼ぶといい」
それにしても、ゲルヴはなぜ、この隠れ家の地下にいたのだろう。
エルヴィアが問うと、ネラが代わりに答えた。
「ああ……実はさ、この家は元々、師匠が使ってた家なんだ」
それは知らなかった。
てっきり、闇ギルドが所有しているものとばかり思っていたが――
「アタシが闇のギルドに入った頃、師匠は王都に移ったから、使わせてもらってたんだよね」
聞けば、ネラはドルイドの村から離れた後、ゲルヴに出会い、この隠れ家で共に暮らしていたという。
地下のポーションの精製器も、本当はゲルヴの持ち物なのだそうだ。
「では、王都が戦地となったため、戻ってきたというわけですか」
「まあ、そういうことじゃな」
「それは――災難でしたね」
王都では、まだ緊張状態が続いているらしい。
「騎士団と黒い月は、大きく衝突することは稀だが、双方が疑心暗鬼になっとってな――」
「というと?」
「王都周辺の民への問い詰めが厳しい。口を開けば『貴様が間者か』などと、とにかく疑いの目で見よるわ」
息苦しいものだ。
それでは民の心は荒むばかりだろう。
砦の町に多くの人が集まるのも道理だ。
「それにしても――」
ゲルヴは部屋を見回す。
「ここを根城にしていた連中……闇ギルドとやらの者達は、どこへ行ってしまったんじゃ?」
ネラが答える。
「あ、それなんだけど、アタシ達は今、東の砦の町を立て直してるんだ」
「ほう、ありゃ闇ギルドの仕業か。中々、大胆なことを考えるのう」
ゲルヴも、砦の町の噂は聞いていたそうだ。
「で、お前さんも、その仲間のひとりかね?」
そこでエルヴィアは、ようやく名乗った。
「申し遅れました。私はエルといって、ネラの友人です」
「……見たところ、貴族のようだが」
「今はもう、違います――」
ゲルヴはなにやら察したのか、それ以上のことを尋ねはしなかった。
「今の砦の町は、貴族も庶民もないんだよ。マスターやエルが先頭に立って、新しい考えで大勢をまとめてるんだ」
ネラが嬉しそうに語る。
その表情を、ゲルヴは孫を見るような目で見つめている。
「もはや、次の時代がやってきたか――」
「え?」
「いいや……なんでもないわい」
ゲルヴは咳をしてから、再び口を開いた。
「ところで、お前さんらは、これからどこへ? 砦の町へ帰るのか?」
「ああ、実はねぇ――」
ネラは、ゲルヴに会いに王都まで行くつもりだったことを告げた。
「それは丁度よかったのう。今は王都には近づかん方がいい」
「師匠はこれからどうするの?」
「うむ、しばらくはここで寝起きしようと思っとったが……」
ネラいわく、ゲルヴは『凄い魔術師』だ。
ならば、訊きたいことがある――
「あの――実は、お尋ねしたいことがあるのです」
「ん? なんじゃ?」
「その、訊きたいことは沢山あって……なので、宜しければ一度、砦の町へいらっしゃいませんか?」
ゲルヴは少し、戸惑っている様子だ。
「ううむ、いずれ行こうとは思っていたが、また急な話じゃのう」
「来なよ、師匠! あっちは暖かい部屋もあるし」
少しの間を開けて、ゲルヴはエルヴィアに向き直る。
「……とりあえず、ここで話しても問題ないかね?」
「ええ、勿論です」
ゲルヴはゆっくりと頷いた。
「それで、訊きたいこととは?」
エルヴィアは、少し緊張しながら尋ねる。
「スーラ=マナを、ご存知ですか?」
その問いを口にした途端、ゲルヴの目つきが変わった。
「その名を、どこで聞いた?」
「東の地に住む、ディの民です」
「ふむ……」
そこにネラが口を挟む。
「あとさぁ、黒い月の奴らも言ってたんだよね? スーラ=マナがどうとか……」
「――なんじゃと?」
ゲルヴは目を見開く。
「あやつらと話したのか?」
「ええ、砦の町が魔物に襲撃された時に――」
エルヴィアは、黒い月と接触した時のことを説明した。
「なんとまあ、命知らずな真似をするものじゃ」
ゲルヴは驚きながらも、わずかに笑みを漏らしている。
「実はな、ワシも黒い月から身を隠そうと、ここにきたんじゃが……」
ゲルヴはゆっくり立ち上がった。
「そういう事情なら、砦の町の方が安全かもしれんな」
エルヴィアも椅子から立ち上がって尋ねる。
「やはり、今から砦へ行かれますか?」
「ああ、すまんが、厄介になるとしよう。スーラ=マナについては、歩きながら話す。それでよいかな?」
エルヴィアとネラは、大きく頷いた。




