1 古巣の闖入者
季節は秋の暮れ。
吹く風の冷たさは、もうすぐ冬が来ることを伝えている。
魔物の襲撃で陥落した砦の町にも、だいぶ人が集まった。
完全にとはいかないが、以前の活気を取り戻しつつある。
町の復興には、カルスやパリオ、そしてルバエドが尽力した。
特にルバエドは、父・ロルドの腹心として、多くの人脈を築いていたため、働き手の振り分けに寄与した。
物資を運ぶ荷馬車や職人の出入りも活発で、食料や住まいの問題も着実に解決していった。
エルヴィアは、戦を嫌って逃げてきた民への支援や、異種族同士の交流の仲立ちを主に担当した。
最も頭を悩ませたのは、没落した貴族とディの末裔との揉め事だった。
エルオリドや、その他の地域にも、ディの血筋に連なる者は大勢いる。
彼らは黒い月ほどの強硬派ではないが、誰しも貴族に対する複雑な感情を抱えていたのだ。
助けを求めて砦へやってきた白金の髪の人々との間に軋轢が生じるのも、致し方ないところだった。
だが、誰に対しても分け隔てなくその言葉に耳を傾け、理解しようとするエルヴィアの姿を見て、人々の荒んだ心も少しずつ解けていった。
「エルのおかげで、この町が上手く回ってるとアタシは思うよ」
ふと、ネラがそう言ってくれたことがあった。
「こないだ、男共が言ってたよ。『元貴族とは思えんほど気さくだ』って。修道院の高慢ちきな女達より、よっぽどいいってさ」
恥ずかしかったが、自分の働きが認められた気がして、嬉しかった。
この町では、身分の上も下もない。
皆が、ただ働き、食べて寝る場所だ。
ここに住む者は皆、その素朴な環境を気に入っていた。
†
ある日、エルヴィアはネラと酒場で落ち合った。
重要な会議の時以外は、専らこの酒場が闇のギルドの溜まり場になっている。
「今まで、すっかり忘れてたんだけどさぁ」
ネラが、お気に入りのハーブエールを飲みながら言う。
「実は、王都にアタシの〝師匠〟が住んでるんだ――」
師匠とは、ネラにポーションの精製法を授けた人物らしい。
「師匠も古代人――ディの血を引く凄い魔術師なんだけど、王都は今、荒れてるだろうし、ちょっと心配なんだよねぇ」
魔術師か――
エルヴィアの頭に、不吉な予感が芽生えた。
「違うとは思うけど、その人が黒い月の一員、ということは……?」
「ううん……それも含めて、気になっててさ」
王都の魔女や魔術師は、大抵はその能力を貴族や教会に捧げる。
〈聖教庁〉の防衛や、魔術の研究、騎士団へ支給するポーションの精製などが、彼らに求められる仕事だ。
「師匠は、そういう〝真面目〟な仕事は殆どしてなかったみたい。だから、怪しいといえば怪しいんだよねぇ……」
ネラが気にするのも頷ける。
今、王都付近では教会関連の施設への襲撃はもちろん、要人の闇討ちや、貴族の屋敷が火事になるなど、あらゆる事件が頻発しているらしい。
「だからさ、ちょっと様子を見にいってみようかと思ってるんだ」
「それは……危険じゃないかしら」
「うん、まあ、分かってるけどさ」
ネラは魔女だ。
もし王都で騎士団などと鉢合わせたら、ただでは済まないだろう。
「――もし、どうしても王都に行くのなら」
エルヴィアはマグの液面に視線を落とす。
「私と一緒に行くというのはどう?」
「ええっ? でもエルは忙しいんじゃ……」
ネラはなぜだか、及び腰な様子だ。
「最近はいざこざも殆どないし、他の人に仕事を任せることも増えてきたから」
「そう……?」
「ええ。それに、偶には外の様子を見ておきたいと思っていたの」
それはエルヴィアの本心だった。
時代の流れというものを、直にこの目に焼き付けたい。
多くの人々と関わるようになった今――
そこから学ぶべきことも、きっとあるはずだ。
「へへ……なら久しぶりに、一緒に出かけようか」
ネラは目を細めて笑った。
†
ふたりは〈旅馬〉に乗って、砦の町を発った。
旅馬は、速さは控えめだが体力があり、遠出にはもってこいの馬だ。
一日かけて、サルディアの町へ着く。
町の隠れ家で休息を取り、少し離れた場所にある転送石で、王都の近くまで移動する予定だ。
細工人の村で教えてもらった転送石の情報がなければ、王都へ行くことを躊躇していただろう。
隠れ家の扉を開け、中に入ると――
「ありゃ?」
ネラが声を上げた。
「地下の入口……開いてるよ」
ネラが指差した先を見ると、確かに、床に隠された地下への入口が、開けっ放しになっていた。
「誰か来てるのかなぁ?」
エルヴィアは声を潜める。
「ネラ――もしかしたら盗人かもしれないわ」
「ええ? こんな不気味なボロ家に入るかなぁ……?」
ふたりでコソコソと話していると、微かに物音が聞こえる。
それは、石の階段を上ってくる音だ――
「上がってくる!」
「どうする? 隠れる?」
自分達の家で隠れるというのもおかしな話だ、とエルヴィアは思った。
ふたりがあたふたしていると、足音の主が、床下からひょいと姿を現す。
「ん? ああッ!」
ネラが高い声を上げる。
そこには、立派な髭を生やした老人がいた。
「師匠!」
ネラにそう呼ばれた老人は、放心したように、ただこちらを見つめていた。




