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忌み指輪の召喚令嬢 ~ 辺境伯の娘は闇ギルドと手を結ぶ  作者: 佐藤猛山
第6章「薄明の兆し」

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8 雨の後の道標

 黒い月(ノル=ミーロ)が去った砦の町の静けさは、エルヴィアの肩に重くのしかかった。


 喪失感と無力感。

 いずれまた起こるであろう悲劇を止められないもどかしさ。

 そういったものが心に渦巻いて、己がどう歩むべきか分からなくなる。


 あてどなく町を歩くと、鍛冶屋の主が店の外の道に座り込んでいる。

 助かったのかと思い、安堵したが、主はこれ以上ないほどに虚脱していた。


 「……ウチのがな、魔物にやられたんだ」


 主は、焦点の定まらぬ目で遠くを見ていた。


 「どうにか助けようと思ったら、急に起き上がって――安心したが、その顔はま(・)と(・)も(・)じゃあなくて」

 

 ――きっと、死霊(ドラウグ)として動きだしたのだろう。


 「その後また、ぶっ倒れて、それきり動かなくなっちまったよ。一体、どうなってやがるんだ……」


 とても見ていられない。

 死んだ彼の伴侶は、エルヴィアが杖を買い求めた時、とても親切にしてくれた。

 それなのに、慰めの言葉ひとつもかけられない自分が、心底、不甲斐ない。


 「――あの魔物共は、なんなんだ? どうして急に町を襲った?」

 鍛冶屋は、虚ろな目でエルヴィアを見る。

 「なぜ、あいつが殺されなければならなかったんだ? 教えてくれ――」


 エルヴィアは、黒い月(ノル=ミーロ)を責められるほどの正義を持ち合わせてはいない。

 できるのは、ひたすらに悲しみが去っていくのを待つことだけだ――


 こんな時に、父ならば、一体どうしただろう。


 「――なあ、俺はどうすればいい?」


 鍛冶屋の呟きは、そのまま、エルヴィアの心の内を映し出していた。


    †


 町の隠れ家へ戻ると、パリオが合流していた。


 「各地の修道院や礼拝堂が、魔物の襲撃を受けています――」

 パリオはエルオリドに残って、状況を見ていたらしい。


 「町や村はどうなってる?」

 カルスが尋ねる。

 「今のところ、被害はなさそうです。標的になっているのは教会に関わる施設ばかりですね」


 あくまで、狙いは貴族や教会の人間ということか。


 「気になるのはむしろ――王都ですね」


 〈王都ドミネシア〉――

 貴族や教会の聖職者が多く暮らす場所だ。

 アゼリア聖教の本拠地である〝聖教庁〟も、王都にある。

 

 「優秀な魔術師や魔女は、教会に下った者も多いのですが――彼らが蜂起するおそれがあります」


 教会の内側にも黒い月(ノル=ミーロ)が紛れ込んでいるのか。


 「各地での襲撃は、兵力を分散させるための陽動だろうと私は睨んでいます。本命は聖教庁、そして〈宮殿〉の〝王〟かと」


 古の民による反乱か――


 「先に砦の衛兵(ガード)を片付けたのは、戦力を削っておく狙いもあったかもしれんな」

 カルスが言うと、パリオは頷いた。

 「オリド・ガードがいないとなれば、騎士団への助勢も期待できませんからね」


 平穏な日々は終わりを告げ――

 再び、人同士が争う戦乱の世が訪れる。

 

 「さて、我ら闇のギルドは、この混乱とどう向き合いますかな?」


 パリオが、まるで試すようにカルスを見つめる。


 カルスはしばし考えた後、告げた。

 「……人助けでもしてみるか」


 その言葉に、皆が少し戸惑う。


 「ひ、人助けってなぁ、どういう意味だよ」

 ドグが思わず声を上げた。


 「戦乱の世で犠牲になるのは、戦う者達じゃない。その狭間で押し流される、声なき弱者達だ」


 エルヴィアは、悲しみに沈む鍛冶屋の顔を思い出す。


 「奪われ、傷つけられ、それに抗う牙を持たぬ者達と手を取り合う――それが我らの信念だったはずだ」


 ドグは、顔をしかめる。

 「なんだよ、正義の味方にでもなるつもりか? それで、具体的にどうするってんだよ?」

 「――この砦の町を、我々が再建する」

 「お、おいおい、本気か?」


 オリド・ガードが壊滅し、王都に火の手が上がらんとする今――

 混乱に乗じて、新たな〝勢力〟を築くつもりなのか?

 

 「まるで、火事場泥棒じゃねぇかよ。そらぁ、俺様の専売特許だぜ」


 〝火事場泥棒〟――

 その言葉に、エルヴィアは閃く。


 「それ……ありえるわね」

 「なにがだよ?」

 「オリド・ガードはもういない――なら、誰もが東の地へ入れるのよ」


 ある者は、力や富を求めて。

 そして、ある者は戦から逃れるために。


 「まさにそうだ。ここに、はぐれ者を集めるのさ。その勢いを利用して、新しい流れを作り出せるかもしれん」


 そうか――

 貴族による支配一辺倒だったこの地に、新たな道を作るつもりなのか。

 それも、命を賭した争いでなく、生き延びんとする人々の力によって。


 「実にカルス殿らしい答えですね」

 パリオは満足げに頷いた。

 「やってみる価値は大いにあります。早速、計画を練りましょう」


 東の国境――

 人々を拒み続けた境界が、新たな世界の入口へと変わる。

 エルヴィアは、その未来を思うと、胸が高鳴った。


 父が死に、その現実から逃げ出し――

 いつの間にか、父が見ていたかもしれない景色を見つめている。


 エルヴィアは、運命の不思議を感じる。

 さっきまでは、雨の下でただ、迷っていたのに――

 今は、進むべき道の上に立っている。


 雨が止んだら、あの鍛冶屋の主のもとへ行こう。

 それが、己が歩むべき道の、最初の一歩目だ。


 †††


 第6章「薄明の兆し」終

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